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ベクトル空間の基本

ベクトルとは $N$ 個の複素数の組をまとめたものである。通常は複素数を $N$ 行、縦に並べて配置する。これを縦ベクトルと呼び、$\bf a$ とゴシックで表 すことが多い。上から $i$ 番目の数を、ベクトルの第 $i$ 成分と呼ぶ。$N$ 個 の複素数を横に並べたものも利用する。これを横ベクトルと呼ぶ。横ベクトルは 特に表現法が決まっていないが、縦ベクトルとの関連が多いので、関連する縦ベ クトルの右肩に何らかの記号を付して記載することが多い。本稿では縦ベクトル と関連の付け難い横ベクトルを記載することが多いことから、量子力学の世界で Dirac が導入した bracket と呼ばれる記述法を利用する。この方法によると、 縦ベクトルは $\left\vert a\right\rangle $、横ベクトルは $\left\langle a\right\vert$ などと表わす。

横ベクトル $\left\langle x\right\vert$ と縦ベクトル $\left\vert y\right\rangle $ の内積を次のように定義する。

\begin{displaymath}
\ave{\left.x\right\vert y}=\sum_{i=1}^Nx_iy_i
\end{displaymath} (1)

ここで、左辺は $\ave{\left.\,\right\vert\,}$ と丁度括弧がバランスしている。この括弧 記号を Dirac は bracket と呼び、合せて前半の横ベクトルを bra、後半の縦ベ クトルを ket と名付けた。本稿では混乱しないように、一々、横ベクトル、縦 ベクトルと表現する。一般に bracket 表示では括弧がバランスすると、全体が 単なる数、つまりスカラ量になる。

$i$ 番目の成分だけが 1 で、他がすべて 0 なる縦ベクトルを単位ベクトルと呼 び $\left\vert i\right\rangle $ と表現する。同様に、 $\left\langle i\right\vert$ は横ベクトルの単位ベクトルであ る。この表現を利用すると、 $\left\vert x\right\rangle $ の第 $i$ 成分を次のように現わすことが できる。

\begin{displaymath}
x_i=\ave{\left.i\right\vert x}
\end{displaymath} (2)

今後、第 $i$ 成分はすべてこの形で示す。

内積とは、縦ベクトルの成分を線形的に組み合わせてスカラー量を作る作業と理 解することもできる。その際の重みが $x_i$ である。このように重み付け加算 を $N$ 組用意すると、縦ベクトルから別の縦ベクトルを作り出すことができる。 つまり、重み付け係数を $N\times N$ 個、用意することになる。この係数を $N\times N$ の行と列に並べたものを、行列と呼ぶ。また、行列は通常 $A$ の ように大文字で示すことが多いが、本稿では bracket 表示法の一般的な表現で ある $\widehat{A}$ のように表現する。こうすることで、ベクトルにも行列にも大文 字小文字を自由に使える。それどころか、文章を記載することすら可能である。

行列による線形変換の結果は、通常 $A\bf x$ のように書くが、ここでは $\widehat{A}\left\vert x\right\rangle $ と表現する。この結果は縦ベクトルであるが、その 第 $i$ 成分は $\left\langle i\right\vert\widehat{A}\left\vert x\right\rangle $ と書く。括弧がバランスしていることから、この結果はス カラー量である。

\begin{displaymath}
\left\langle i\right\vert\widehat{A}\left\vert x\right\rangle =\sum_{j=1}^NA_{ij}x_j
\end{displaymath} (3)

$\left\vert x\right\rangle $ として単位ベクトル $\left\vert j\right\rangle $ を代入すると、$j$ 成分のみ 1、つま り $x_i=\delta{ij}$ であるから、上記から次の式が得られる。
\begin{displaymath}
\left\langle i\right\vert\widehat{A}\left\vert j\right\rangle =\sum_{k=1}^NA_{ik}\delta_{kj}=A_{ij}
\end{displaymath} (4)

つまり、$\widehat{A}$$ij$ 成分は $\left\langle i\right\vert\widehat{A}\left\vert j\right\rangle $ と書ける。今後はこの 表現を使う。

この表現を使うと、式3は次のように記載することもできる。

\begin{displaymath}
\left\langle i\right\vert\widehat{A}\left\vert x\right\rang...
...widehat{A}\left\vert j\right\rangle \ave{\left.j\right\vert x}
\end{displaymath} (5)

あるいは、さらに簡略化して、
\begin{displaymath}
\widehat{A}\left\vert x\right\rangle =\sum_{j=1}^N\widehat{A}\left\vert j\right\rangle \ave{\left.j\right\vert x}
\end{displaymath} (6)

ここで $\widehat{A}\left\vert j\right\rangle $ は、行列 $\widehat{A}$ の第 $j$ 列の成分を示す。


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Yoichi OKABE
平成16年10月19日