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磁石と電流の等価性

電場は点電荷の作る場を基に、きれいな理論体系を構築できたが、 磁場の場合には何を基にしたらよいのだろう。 若干面倒なのは、磁場の発生源は電流であり、電流は電荷のような点ではなく、 三次元空間な形を持ち、かつ各点では、方向も持つものだからである。

磁場源としてよく用いられるものは、磁荷(magnetic charge)、電流素片(current element)、 微小電流ループ(micro current loop)の三種類である。 これらのうち、歴史的にもっとも古くから使われてきた磁場源は磁荷である。 磁荷は電荷と同じようにクーロンの法則(Coulomb law)にしたがう磁場を発生する。 以後、このクーロン場を発生するモデルを、磁荷モデル(magnetic charge model)と呼ぼう。 不思議なのは、磁荷が単独で観測されることがなく、 必ず正負対になって存在することである。 そのことさえ気にしなければ、理想的な磁石の片側の磁極(magnetic pole)の作る磁場は、 磁極から放射状の方向を持ち、静電場と同様の形で与えられる。 ただし、$ Q_m$は磁荷であり、N極の場合に正、S極の場合に負とする。

$\displaystyle \boldsymbol{H}=\frac{Q_m}{4\pi\mu_0}\frac{\boldsymbol{r}}{r^3} %3.10
$ (96)

磁荷モデルは静電場との相似性が高く、理論的には扱いやすかったが、 そのうち電流が同じような磁場を作り、さらに、磁性体の作る磁場も、 内部電流の作る磁場であることが分かってくるにつれ、 電流を源と考える必要が増してきた。 ここで一つ問題が出てきたのは、 磁荷が作る磁場は発散があっても回転のない場であるのに対し、 電流が作る磁場は発散がなく回転の存在する場であることである。

しかしながら、磁石の作る磁場と、 同じような形状の電流コイルの作る磁場を比較してみると、 いずれも磁石外では同じような形をしており、磁石内の場が異なるだけである。 このため、磁石外では $ \boldsymbol{B}=\mu_0\boldsymbol{H}$と、 $ \boldsymbol{H}$と完全に比例する別の場 $ \boldsymbol {B}$を導入した。

$\displaystyle \boldsymbol{B}=\frac{Q_m}{4\pi}\frac{\boldsymbol{r}}{r^3}$   磁石の外部$\displaystyle %3.10
$ (97)

この新しい磁場の概念は、 $ \boldsymbol {B}$磁束密度(magnetic flux density)と呼ばれる。 $ \boldsymbol {B}$ $ \mu_0\boldsymbol{H}$とほとんど同じ概念であるが、 磁石の内部では $ \boldsymbol{B}=\mu_0\boldsymbol{H}$の関係を満たさないものとするのである。 この新しい場の導入により、 磁石と電流の作る磁場を完全に統一的に取り扱うことができるようになったのである。 今後、磁場と呼ぶときには $ \boldsymbol {B}$を指すものとし、 $ \boldsymbol{H}$磁場強度(strength of magnetic field)といって、区別することとしよう。

さて、電流路は複雑な形があり得るので、 その取り扱いにはかなりの困難を生じる。 そこで考え出されたのが電流素片(current element) $ Id\boldsymbol{r}'$という概念である。 これは電流路を短い寸法に切離したときの、各領域のことをいう。 その電流素片がどんな磁場をを作るのかという一種の仮説である。 これをビオ・サバールの法則(Biot-Savart law)と呼ぶ [*]

$\displaystyle \boldsymbol{B}=\frac{\mu_0I}{4\pi}\, d\boldsymbol{r}'\times\frac{\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}'}{\vert\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}'\vert^3}$ (98)

この仮説は、直線電流路が電流路を軸とした回転的な磁場を作るという事実と、 静電場が距離の二乗に反比例する法則から類推したものであるが、 これを実在の電流路に適応すると、あらゆる場合に、 観測される磁場を正確に記述できることから、正しいことが予測された。 さらに、この式から磁場の持つ種々の性質を誘導でき、その結果から、 この法則の正当性が確実に保証されるようになった。 しかし、もともと電流素片なるものは単独では存在せず、 実験との直接対比が困難であり、 どうしても静電場のような明解な説明が困難であるという難点がある。

実は、電流素片の先端から等方的に無限遠に向って電流が湧き出し、 終端は無限遠から等方的に電流を吸い込んでいるような形にすると、 その全体の作る磁場はビオ・サバールの法則と同じ形になることが判明している。 これは大きな水槽のようなものの中で実験することで実証可能である。 このような電流分布を持つものを繋ぎ合わせると、 前の電流素片の先端から湧き出す電流と、 後の電流素片の終端が吸い込んでいる電流がキャンセルし合うため、 すべてをループ状に繋いだ瞬間、全体の電流ループと同じ形になる。

電流素片のもう一つの難点は、回転積分との対応が悪いことである。 静電場のときには、閉曲面内に電荷がなければ発散積分は0となり、 閉曲面内にあれば0でなくなるという明解な差が生じた。 一方、静磁場では回転積分がこれに対応するが、 電流素片が閉曲面外あっても回転積分が存在してしまう。 こういった点から電荷に対応するような別の源があると分かりがよいことが 期待される。

図 3.2: 磁石はソレノイドと等価である。
\begin{figure}\centering
%
\unitlength 1pt
\begin{picture}(144,135)
\put(0,0){\...
....5){\makebox(0,0)[lb]{{\footnotesize\rm$B=\mu_0K$}}}
\end{picture}
\end{figure}

本書で採用する磁場源は、有限長の細いソレノイド(solenoid)である。 ソレノイドとは、図 3.2に見られるように、 円筒表面状にコイルを巻き付けた空心の電磁石である。 コイルというと、現実的には導線を螺旋状に巻き付けて作るが、理想的には、 十分に細い導線を一巻ごとに巻始めと巻終りが一致するように巻いた単巻コイルを、 長軸方向に垂直に稠密に積み重ねたものを想定する。 ソレノイドの断面積は非常に小さく、磁極と観測点の距離から見ると、 ほぼ点に見なせる程度である必要がある。 また、ソレノイドの断面の面積は一定でなければならないが、 ソレノイドの長さ方向の形状は直線である必要はなく、図のように曲がっていてよい。 ただ、断面寸法に比べ、十分ゆっくり曲がっている必要がある。 ただし、我々は当面、直線的なソレノイドだけを扱おう。

棒磁石(bar magnet)は内部電流が流れており、実はソレノイドと等価である。 この際、電流と磁荷の関係は、右ネジをS極からN極に向けて置くと、 電流はネジを進める方向、つまり右回転方向に流れる。 そして、ネジの進行方向から磁場が湧き出すことになる。 これを、右ネジの関係(right screw relation)という。 この関係から、N極とS極が必ず対になって現れることも理解できる。

実際の磁石の中の電流は、磁性原子の電子スピンや電子軌道などにしたがって、 分布して流れているのであるが、 それをならして観測できる程度のマクロな視点で見ると、 隣接する内部電流は互いに相殺し、結局、もっとも外壁の電流のみが観測できるので、 ソレノイドによる等価表現は、かなりよい近似となっている。 近似といっても、電磁気学を構築するまでの話であり、 電磁気学そのものは精密な理論であるので、それをよりミクロな物理の理解に使って、 何ら問題はないことはいうまでもないであろう。

電流がすべて磁石の側面を流れているとして、等価性を定量的に議論しよう。 磁石の形状を直方体としてみよう。 等しい磁石を横に二つ集めると、それらの作る磁場は、磁荷が二倍になるので、 遠方で観測する限り二倍となる。 一方、側面電流は、二つの磁石の境界では相殺し合って消え失せるが、 最表面ではもともとの電流値と同じである。 同様にして、多数の磁石を集めることにより、任意形状の磁石を作ることができるが、 その磁場は磁石の個数に比例する。 一方、周辺電流は同じであるので、磁極の強さは断面積に比例することが分かる。

次に等しい磁石を縦に繋いでみよう。 二つの磁石の境界では、N極とS極が相殺するため、最両端のN極とS極しか残らない。 つまり磁荷は変わらない。 一方、側面の電流密度も変わらない。 そこで前文の考察と合わせて、磁石とソレノイドの関係は、 次のように表されることが理解できよう。

$\displaystyle Q_m=\mu_0KS$ (99)

ここで、$ K$は磁石の軸方向単位長当たりの電流密度、Sは断面積である。 また$ \mu_0$は、 磁荷単位と電流単位を結び付ける磁気定数(magnetic constant)と呼ばれる定数であり、 その値は $ 4\pi\times10^{-7}$[H/m]である。

あるいは、棒磁石でもソレノイドでも、クーロン場を作り出す磁荷は、 両端に一様に発生すると考えられるので、磁荷密度でいうと次のようになる。

$\displaystyle \sigma_m=\frac{Q_m}S=\mu_0K$ (100)

棒磁石の場合、磁荷はその両極に発生することになるのであるが、等価性から、 ソレノイドの場合にも同じ場所に磁荷が発生することになる。 しかし、ソレノイドの両端はただの空間であり、 何も特別なものが存在している訳ではない。 磁場はそこでも連続でなければならない。 これは電荷から発散する電場ともっとも異なる点である。

実測からも分かることであるが、ソレノイドの内部には、 前述した磁荷モデルの作るクーロン場に加え、 ソレノイドの長軸に平行に、S極側からN極側に一様な場が存在するのである。 この場を加えることにより、ソレノイドの両端は特別な場所ではなくなり、 磁場は連続的になる。 この一様な場は次式で与えられる。

$\displaystyle B=\frac{Q_m}S=\mu_0K$ (101)

棒磁石の場合も、内部の磁場は計測不能であるが、 ソレノイドと同じ形であると考えるのである。

図 3.3: 磁石の端での磁荷モデルの磁場(左上)に ソレノイド内の一様磁場(右上)を加えると、電流モデルの磁場(下)になる。
\includegraphics[width=0.45\columnwidth]{fig/field.sol0.eps} \includegraphics[width=0.454\columnwidth]{fig/field.sol1.eps}


\includegraphics[width=0.45\columnwidth]{fig/field.sol.eps}

前章の2.7節に示したように、 ソレノイドの内部にだけ存在する一様な場は、その先端に負の発散があり、 それが、クーロン場の発散をちょうど打ち消すため、発散の総和は0となる。 つまり、磁場は連続となるのである。 これを電流モデル(current model)と呼ぼう。 この様子を図 3.3に示す。 なお、発散はなくなるが、ソレノイド側面に、回転が発生するようになる。

著者はずっと、磁石の端で磁力線に折れ曲がりが発生しそうな気がしていたが、 計算してみると、同図のように、すばらしく滑らかであるのである。 落ち着いて考えてみれば、このことは、 磁荷モデルの作る磁場の上下対称性に着目すれば、自明である。

ソレノイドが曲がっていても、この追加の磁場は、 ソレノイドの長軸に沿って発生する。 より厳密には、面積Sに一様な拡がった正の磁荷が作るクーロン場と、 同じく拡がった負の磁荷が作るクーロン場と、長軸に沿った上記磁場の総和となる。 実際にこの総和を計算してみると、棒磁石であろうと、ソレノイドであろうと、 ギクシャクとしないきれいに連続した磁場が得られ、 実測の磁場とのよい一致を感じることができる。


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Yoichi OKABE 平成21年7月3日