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ベクトルポテンシャルは実在する場か

無限長のソレノイドの外部の磁場は0である。 ここには本当に何もないのであろうか。 光の二スリットによる干渉実験のように、電子ビームを二つのスリットを通し、 それぞれがソレノイドのまわりを通るようにしてから合成すると、 合成後のビームは元の方向から偏向した方向に進むことが知られている。 この現象をAB効果(Aharanov-Bohm effect)と呼ぶ。 もちろん、一本のビームのまま、磁場の存在するところを通っても、 ローレンツ力を感じて偏向するが、AB効果の結果も、 ほぼ同じだけの偏向を受ける。 ソレノイドのまわりには磁場がないはずなので、 これはベクトルポテンシャルを感じて偏向するとしか、考えられない。

図 7.4: 電位の異なる領域を通った電子ビームを合成すると、偏向する。
\begin{figure}\centering
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\unitlength 1pt
\begin{picture}(158,79)
\put(0,0){\s...
...65.3){\makebox(0,0)[b]{{\footnotesize\rm$\lambda$}}}
\end{picture}
\end{figure}

実は同じようなことが、スカラーポテンシャルでも観測できる。 図 7.4に示すように、 スリットで分岐された二つの電子ビームを、 それぞれ一様ではあるが互いに異なる電位を持つ領域を通過させてから合成すると、 やはり偏向するのである。 その偏向角は、 電位差を二本のビーム間隔で割った値の電場中を通過した場合と、 ほぼ一致する。 まず、電子の電荷を$ Q=-e$としよう。 電子の場合$ Q$は負であるが、以下の議論は電荷の正負に依存しないので、 符号が面倒な場合には、 正電荷の粒子の議論と思ってもらってももちろん構わない。

これらの現象は量子力学でしか理解できない。 量子力学によると、電子ビームは波動的性質を持っており、 その波の位相角は電磁場中で、 電磁場のない場合に比較して次の量だけ増加することが知られている。

$\displaystyle \frac Q\hbar\int( d\boldsymbol{r}\cdot\boldsymbol{A}-dt\,\phi)$ (294)

ここで積分は荷電粒子の移動距離と経過時間に対して行う。

この式を利用すると、スカラーポテンシャルのみが存在する場合の 電子ビームの偏向角は次のようになる。

$\displaystyle \tan\theta=-QL\Delta\phi/mv_0^2d$ (295)

ただし、$ L$はスリットの直後に置かれたポテンシャルの異なる領域の長さ、 $ d$はスリットの間隔、$ v_0$はスリット手前での電子の速度である。 このように、 偏向角は二つのビームの通過する領域のポテンシャル差だけで決定される。 つまり、電場がなくても、ポテンシャル差があるだけで偏向するのである。

スリット通過後、$ \tau$の時間、 一定のスカラーポテンシャルのところを通過すると、 量子力学的位相は $ -Q\phi\tau/\hbar$だけ増加する。 一方、電子ビームの波長は、運動量を$ p$、角波数を$ k$とすると、 ド・ブロイの関係(De Broglie relation)より$ p=\hbar k$なので、 $ mv_0=2\pi\hbar
/\lambda$となり $ \lambda=2\pi\hbar/mv_0$となる。 これより両ビームの波頭の位置は $ -(Q\Delta\phi\tau/2\pi\hbar)
\lambda=-QL\Delta\phi/mv_0^2$だけずれることになる。 十分遠方で、合成されたビームはこの波頭の揃う方向で強め合い、 あたかもそちらへ曲げられたように振るまう。 その方向はビーム間隔$ d$で波頭の位置の差だけ振られるので、 偏向角は $ \tan\theta=-QL\Delta\phi/mv_0^2d$となり、 上記の結果と一致する。

一方、一様電場中の荷電粒子が受ける古典的力は$ QE$ であるが、この結果加速度は$ QE/m$となる。 長さ$ L$の区間の滞在時間は$ L/v_0$であるから、 最終的には進行方向直角に$ QLE/mv_0$の速度を得る。 偏向角でいうと $ \tan\theta=QLE/mv_0^2$となる。 これと量子力学の結果を比較すると、$ Ed$ $ -\Delta\phi$ が対応していることが分かる。 念のために、一様電場中の偏向角を量子力学的位相ずれから計算してみても、 同じ結果が得られる。

電場 $ \boldsymbol{E}$の方向を$ x$軸とすると$ \phi=-Ex$となる。 またビームは$ x$方向にある程度拡がっているとする。 式7.17より、 これから位相遅延は $ QEx\tau/\hbar$となる。 つまり$ x$方向の単位長当たり $ QE\tau/\hbar$ の遅延増加があることになる。 波頭の位置ずれに換算すると $ QLE/mv_0^2$あることになる。 これから偏向角は $ \sin\theta=QLE/mv_0^2$となる。

次に図 7.5に見られるように、 ソレノイドのまわりを通過する二本の電子ビームの干渉を調べ、 ベクトルポテンシャルの影響を求めると、電場のときと同様にして、$ \Phi$ をソレノイド内の全磁束として、偏向角が次のように得られる。

$\displaystyle \sin\theta=\frac{Q\Phi}{mv_0d}$ (296)

図 7.5: ベクトルポテンシャルの異なる領域を通った電子ビームを合成すると、 偏向する。
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\unitlength 1pt
\begin{picture}(158,65)
\put(0,0){\s...
...,8.9){\makebox(0,0)[b]{{\footnotesize\rm$\lambda$}}}
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ベクトルポテンシャルのみが存在する場合には、二本のビームの位相差は、 式 7.17より $ (Q/\hbar)\int d\boldsymbol{r}\cdot\boldsymbol{A}$ となる。 この場合、積分路は両方のビームの通過場所となるが、 ほぼソレノイドの周辺一周と考えてもよい。 その場合、上記の積分はソレノイド内部の全磁束となるので、 位相差は $ (Q/\hbar)\Phi$となる。 これを$ 2\pi$で割り、波長 $ \lambda=2\pi\hbar/mv_0$ を掛けると、波頭のずれ $ Q \Phi/mv_0$が得られる。 これを$ d$で割ると、偏向角 $ \tan\theta=Q\Phi/mv_0d$ が得られる。

一方、一様磁場中の荷電粒子が受ける古典的力は$ Qv_0B$であるが、この結果、 加速度は$ Qv_0B/m$となる。 長さ$ L$の区間の滞在時間は$ L/v_0$であるから、 最終的には進行方向直角に$ QLB/m$の速度を得る。 偏向角でいうと $ \tan\theta=QLB/mv_0$となる。 これと量子力学の結果を比較すると、 $ BLd$$ \Phi$が対応していることが分かる。 つまり、二本のビームと磁場の存在領域で囲まれた全磁束が、 量子力学の場合にはソレノイド内の全磁束に対応している。 念のために、一様磁場中の偏向角を量子力学的位相ずれから計算してみても、 同じ結果が得られる。

この計算は一様電場中の電子の波動の計算と同様なので、省略する。 なお、上記の議論で、量子力学の計算では放物線軌道で、 一方、一様磁場の場合には円軌道のはずであるが、 それは二次までの近似で計算しているためである。 厳密には双方とも円軌道となる。

このように、量子力学まで立ち入ると、荷電粒子は、 スカラーポテンシャルやベクトルポテンシャルを感じて、運動を行っており、 ローレンツ力は、 電場や磁場がかなりゆっくり変動しているときの近似であることが理解できよう。


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Yoichi OKABE 平成21年7月3日