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対称励振

まず、スカラーポテンシャルは前節に示したものと同じになる。 ベクトルポテンシャルを求めるには、まず電流分布を知る必要がある。 前小節で述べたように、電荷が突然あるところに出現するには、 必ずそれに対応する電流が流れていなければならない。 電流が無限遠のあらゆる方向から原点に向かって対照的に流れ込んだ結果、 突然原点に電荷が発生したものとしよう。 このためには一瞬大電流が流れ込む必要がある。 一瞬を$ \tau$とすると、電流の大きさは$ Q_0/\tau$となる。 この電流は原点対称に分布しているが、 その原点から$ r$離れた点での電流密度は次のようになる。

$\displaystyle J_r=-\frac{Q_0}{4\pi\tau}\frac{u(t)-u(t-\tau)}{r^2}$ (379)

ここで、$ u(t)$とは、$ t=0$から1になる階段関数であり、 右辺の括弧全体で$ 0<t<\tau$の間だけ存在することを示す。 以下、ポテンシャルを求めるところまで、 この時間項のことは無視して議論してさしつかえない。

電流源の座標を $ \boldsymbol{r}'$、観測点を $ \boldsymbol{r}$、 観測点から電流源を見た座標を $ \boldsymbol{R}(=\boldsymbol{r}'-\boldsymbol{r})$としよう。 電流が観測点に作るベクトルポテンシャルには伝播遅延があるため、 観測点からの半径が $ c(t-\tau)\leq R\leq
ct$の球殻状の領域の電流しか影響を与えない。 また、この球殻上の電流の効果はベクトル的に合算されるため、 その $ \boldsymbol{r}$方向の成分しか影響してこない。 このことを考えて $ \boldsymbol{A}$を求めると次のようになる。

$\displaystyle A_r$ $\displaystyle =$ $\displaystyle -\frac{Q_0}\tau\int 2\pi R^2\sin\theta\,dR\,d\theta\,
\frac1{4\pi r'^2}\frac{\mu_0}{4\pi R}
\frac{r+R\cos\theta}{r'}$  
  $\displaystyle =$ $\displaystyle -\frac{\mu_0Q_0}{8\pi\tau}\int dR\,d\theta\,
\frac{(r+R\cos\theta)R\sin\theta}
{\sqrt{R^2+2rR\cos\theta+r^2}^3}$  
  $\displaystyle =$ $\displaystyle -\frac{\mu_0Q_0}{4\pi\tau r^2}\int_{c(t-\tau)}^{ct}
dR\,R\left[u(R+r)-u(R-r)\right]$  
  $\displaystyle =$ \begin{displaymath}-\frac{\mu_0Q_0}{4\pi(2\tau)}\times\left\{
\begin{array}{lr}
...
...leq t\leq \tau$} \\
0 &\text{for $t\leq 0$}
\end{array}\right.\end{displaymath}  

なお、この定積分は複雑そうなので、数式処理のソフトによって求めた。 この解と、 式9.13で表されるスカラーポテンシャルと組み合わせると、 きちんとローレンツ条件を満たしているが、その証明は読者に任せる。 これらのポテンシャルを半径方向に計算した結果を、 図 9.1に示す。

図 9.1: 対称励振により発生する対称なポテンシャルの半径方向の変化。
\includegraphics[width=0.7\columnwidth]{fig/dyna.radial-inj.eps}

ここで得られたスカラーポテンシャルとベクトルポテンシャルから電場や磁場を 計算することができる。 その結果、まず $ \boldsymbol{A}$の放射対称性から $ \boldsymbol{B}=0$となる。 また $ \boldsymbol{E}=-\mathop\emph{\text{grad}}\nolimits \phi-\partial\boldsymbol{A}/\partial t$の 計算結果は次のようになる。

$\displaystyle \boldsymbol{E}=\frac{Q_0}{4\pi\varepsilon_0r^2}\times\left\{ \beg...
...&\text{for $0\leq t\leq\tau$} \\ 1 &\text{for $\tau\leq t$} \end{array} \right.$ (380)

最初の過渡的な時間を除くと、電場は全領域にわたってクーロン型の 形をしている。 また、過渡的な時間も、最終的な値に全領域が比例的に立ち上がっているだけである。

不思議なことに、電場には光速の効果が現れてこない。 これは次のように理解できる。 まず最初に、原点に向かう電流を全領域に強制的に流したが、 原点での電流連続性から、逆向きに変位電流が流れざるをえなくなる。 変位電流は電場の時間微分に比例するので、電場が全領域に発生することになる。 その後、電流を止めるが、 このときには原点の電荷が作る伝播域内部の電場との連続性から、 外部にも同じ形の電場が残存せざるを得ない。 つまり、電荷発生後は常に、全領域にクーロン型の電場が 存在することになるのである。

さて、全領域に電場が存在するのならば、 導体中にそれに比例した電流が流れることになり、結局、 見かけ誘電緩和過程には光速が現れないことになるのである。

なお、ここに示すような空間対称性のよい問題に対しては、ローレンツ条件を 利用して $ \boldsymbol{A}$を計算するほうが楽である。 ローレンツ条件を書き換えると次のような $ \mathop\emph{\text{div}}\nolimits \boldsymbol{A}$に関する式が得られる。

$\displaystyle \mathop\emph{\text{div}}\nolimits \boldsymbol{A}=-\varepsilon_0\mu_0\D\phi t$ (381)

つまり、 $ -\partial\phi/\partial t$を電荷のように思って、 ガウスの法則により電場を求める手法を利用して、 $ \boldsymbol{A}$を求めるという 方法である。 まず $ -\varepsilon_0\mu_0\partial\phi/\partial t$を求めておこう。

$\displaystyle -\varepsilon_0\mu_0\D\phi t =-\frac{\mu_0Q_0}{4\pi r\tau}\times\l...
...e} \\ 1 &\text{spherical shell} \\ 0 &\text{outside sphere} \end{array} \right.$ (382)

この値の半径$ r$までの体積積分を球面の面積$ 4\pi r^2$で 除したものが$ A_r$となる。 この結果は式 9.16と完全に一致する。

なお、これらの $ \tau\rightarrow 0$の極限を示すと、次のようになる。

$\displaystyle \phi$ $\displaystyle =$ \begin{displaymath}\frac{Q_0}{4\pi\varepsilon_0r}\times\left\{
\begin{array}{ll}...
...{inside sphere} \\
0 &\text{outside sphere}
\end{array}\right.\end{displaymath} (383)
$\displaystyle A_r$ $\displaystyle =$ \begin{displaymath}-\frac{\mu_0c^2Q_0t}{4\pi r^2}\times\left\{
\begin{array}{ll}...
...{inside sphere} \\
1 &\text{outside sphere}
\end{array}\right.\end{displaymath} (384)

まとめると、スカラーポテンシャルは、 クーロンポテンシャルをほぼ$ r=ct$の付近まで影響させながら、 徐々にその影響域を光速で拡げていく。 一方、そのスカラーポテンシャルの裾野を拡げるために、 ベクトルポテンシャルが無限遠から、この裾野まで内向きに存在する。 このベクトルポテンシャルは一点で観測する限り時間とともに増大し、 境界が到達したとたんに消滅する。 また境界とともに移動しながら観測していると、 その最大値は時間に反比例して減衰していく。 最後には無限遠まで拡がったスカラーポテンシャルだけが存在することになる。

誘電緩和の場合には、 このようにして注入によりでき上がった電荷が漏曳電流によって、 徐々に減衰していく。 つまり、対称電流注入の場合、誘電緩和には光速の効果は見えてこない。


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Yoichi OKABE 平成21年7月3日