「任意の状態
を、分波器で分解し、合成器で再び合成すると、
再び
となる」ことを、前節では、次のように表した。
これを、もっと直接的に、次のように表してみよう。
この式は、上の式の両辺から、形式的に
を落としただけの
形になっているが、もう少し面白い解釈が可能である。
状態
を分波すると、
偏光状態を
の
確率振幅で、
偏光状態を
の確率振幅でとる。
さらに逆に、この二つの状態を合成すると、状態
になる。
つまり「状態
」は「状態
を確率振幅
でとり、かつ
を
でとる状態」と、
等価であると考えられる。
任意の状態は、このように、基底状態をとる確率振幅の組で表す、あるいは
展開(expansion)することができる。
その様子は、ちょうど、任意のベクトル(vector)を直行展開して、成分の組で
表すことと似ている。
図2.6に示すように、
を任意のベクトルに
対応させ、
、
を直行する二つの
基底ベクトル(base vectors)に対応させると、
は、
方向の長さ
のベクトルと、
方向の
長さ
のベクトルの、和で与えられる。
この意味で、状態
は、ベクトル
とも呼ばれ、
と
は
の
成分(component)とも呼ばれる。
このように、量子力学の諸計算は、ベクトル空間の諸計算と完全に
対応をとることができる。
問題2..5
偏光状態
を、
偏光状態
と
偏光状態
により、展開せよ。
ヒント
問2.2
答え
答え
問題2..7
偏光と
偏光を、位相を
ずらして重合わせると、
円偏光(circular polarization)と呼ばれる偏光が得られる。
右旋円偏光は、
で
与えられることが知られているが
、
を求めよ。
ヒント
展開式の形が与えられているときに、それより成分を得るには、
公式2.5と比較して、係数の比較をしてもよいが、展開式の
左から両辺に、
または
を掛け、直交性を
利用するのが簡単である。
答え
は、ディラック(Dirac)が導入した
記号であるが、彼は、これをブラケット(bracket)と呼び、この記号を
分解した
と
を、それぞれウィットに
富んだ呼び方で、ブラベクトル(bra vector)と、ケットベクトル(ket vector)と
名付けた。
このケットベクトルは、ベクトル空間のベクトル (縦ベクトル(column vector)) に
対応し、ブラベクトルは、ベクトルの転置複素共役をとった、
共役ベクトル(adjoint vector) (横ベクトル(row vector)) に対応する。
例えば、二次元のベクトル空間で、任意のベクトル
の
成分と
成分を、
、
とすると、ベクトル
を、
、
方向の単位ベクトル(unit vector)
、
で展開すると、次のように表すことができる。
、
が、
と
、
との
内積(inner product)、
、
で与えられることを考えると、次のようになるが、これは丁度、
式2.5と対応する。
| (2.6) |
無論、ここで、内積は
に対応すると考える。
また、ベクトル
と
の内積は、
の共役
ベクトルと
の積で、与えられるから、次のように変形できる。
| (2.7) |
この式は、式2.2の
、
を、式2.4で
、
にした式と、
対応する。
基底条件の直交性を示す式2.1は、単位ベクトルの 正規直交性に対応する。また、式2.2は、 前述のように、ベクトルの内積の定義と、展開可能性を示している。 さらに、式2.3は、我々の扱う状態ベクトルが、長さ 1 の ベクトルであることを示し、式2.4は、縦ベクトルと横 ベクトルの、入れ替えに対応する複素共役性を示している。 以上のように、今まで出てきた式はすべて、複素ベクトル空間に対する各式と、 対応をとることができ、さらに、これから出てくる式も、すべて 対応がとれることを、覚えておいて欲しい。
したがって、量子力学の理論は、ベクトルを扱う線型代数学(linear algebra)と、 完全に同一となり、数学的に美しい体系を形成する。 しかし、その数学的美しさにのみ目を奪われることなく、物理の本質を 見極めてほしい。 とは言っても、量子力学の理論が、物理のすべてを解き明かしていると、 過信してはならない。 電子の存在確率が、時々刻々どのように変化していくか、の計算手段は 与えても、何故、電子の存在が確率的になるのか、何故、干渉性が現れるか、 については、何ら答えを用意していないのである。 量子力学は、従って、計数性と干渉性の両立することを、前提として、その 原因には立ち入らずに、築かれた理論であることを、改めて再認識してほしい。
ベクトル空間論では、行列という大事な概念がある。行列(matrix)は、
ベクトルに作用して、別のベクトルを作り出す (実は、線形な変換のみを
行っているのであるが、線型という概念は、おいおい分かってくるので、
ここでは特に触れない)。
例えば、行列を
と表すと、
は、別のベクトルになる。
一番簡単な行列は、単位行列と呼ばれ (行列の対角要素がすべて 1 で他は 0
の行列)、どんなベクトルに作用しても、そのベクトルと同じベクトルを、
作り出す。
行列に対応して、量子力学では、オペレータ(operator)と言う概念がある。
一口で言うと、状態を、別の状態に変えるものである。
一番簡単なものは、単位行列に対応する、単位オペレータ(unit operator)である。
単位オペレータというと、大げさであるが、任意の状態に作用して、
元と同じ状態にする、つまり何もしないオペレータである。
前節の、図2.2で、分波した光を再合成すると、
何もしないのと同じになる、と言ったが、これが、まさに単位
オペレータである。単位オペレータを、
と表す (identity、同じの
意味)。
``
'' は、ただの数と区別するために、つけたもので、
ハット(hat)と呼ぶ。
式2.2 を見ると、分解して合成する作業は、
で、表されている。
従って、次式が成立する。
基底状態が、もっと数多くある場合は、
をすべての
基底状態として、次のように拡張できる。
つまり、任意の状態を、あらゆる基底状態に分解し、再合成すると、もとの 状態に戻り、何もしなかったことになることを示している。
式2.8の
を、
、あるいは、
へ代入すると、式2.2や、
式2.5の一般形となる。
つまりこの式は、基底状態の完備性を表す別の表現形、と言える。
この表現は、極めて便利であり、例えば、状態と状態の内積の間に、
、つまり
を、挿入すると、直ちに、
成分と成分で表した内積の表現を得ることができる。
![]() |
(2.9) |