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: 磁界中でのスピンの回転 : 二状態系の運動 : 水素分子イオン   目次   索引

電子のスピン

二状態系の典型として電子(electron)のスピンがある。 電子は光と同じように空間中の波動として振舞う。 この扱いについては後の章で示すが、電子はさらにスピン(spin)と呼ばれる 内部状態を有する。 スピンの生じる機構は、現在でも、完全には解明されていないが、 角運動量(angular momentum)を生じることから、恐らく、電子自身の 自転のようなものではないか、と推定されている。 有限の大きさの電荷が自転すると、ループ電流が流れ、磁気モーメントが 生じるが、それと同じように、電子も、スピンに対応した磁気モーメントを 持つ。 従って、磁界中に電子を置くと、スピンの方向により、電子は異なる エネルギーを持つ。 これを利用して、電子のスピン状態を測定することができる。 このようにして調べると、電子のスピンは、光の偏光と同様に、二次元の 基底状態で表すことのできることがわかる。

この二つの状態の電子は、どんな電界中でもまったく同じように動き、どちらの 状態にいるのかを見分けるのは殆ど不可能である。 しかし、強い磁界の変動のあるところで、二つの状態の電子は、僅かに異なる 運動をする。 その運動を詳しく研究したところ、丁度、電荷を持った小さな磁石のように 振る舞うことが、分かった。 一つの状態の電子は、磁界と平行な方向に磁化しており、もう一つの状態の 電子は、磁界と反平行な方向に磁化している磁石に対応する。

単純な荷電粒子でも、磁界中を走ると、ローレンツ力が垂直に働くが、 停まっているときには、力は働かないはずである。 ところが、電子を、図4.4 (a) に示す ステルン・ゲルラッハ装置(Stern-Gerlach apparatus)のような磁界勾配を中に入れると、一つの 状態の電子は、下向きに力を受け、少しずつ上昇していく。 もう一つの状態の電子は、下向きに力を受け、少しずつ下降する。 これは、電子が単純な荷電粒子ではなく、磁石のような 磁気モーメント(magnetic momentum)を持っていることを、示す。 事実、これと同様なことは、(b) に示す小磁石を置いた場合にも起こる。 図のような磁石の場合、小磁石の $S$ 極が上へ引き上げられる力の方が、 $N$ 極の受ける下向きの力よりも大きくなり、磁石は上向きの力を 受けるからである。 このようにして、電子は磁気モーメントを持つことがわかる。

図 4.4: Stern-Gerlachの実験装置。(a) 電子の受ける力、(b) 対応する小磁石、(c) 対応する微小電流ループ、(d) 電子の自転か? $\mu _e=(-2e/m)S_z$
\includegraphics{fig/spin.Stern.eps}

それでは、電子は、何故、磁気モーメントを持つのだろうか。 磁気モーメントは、環状電流によって発生するので、電荷が、磁気モーメントの 方向を軸とした、回転運動をしていると考えると、理解しやすい。 幸いにして、電子は電荷を持っているので、これが、ある程度の領域に 拡がっており、全体が自転している、というイメージがよさそうである。 電荷がループ状に運動すると、ループ電流が流れ、磁界が発生するからである。 電子の持つ磁気モーメントは、磁界勾配中での電子の運動から、 測定することができる。 こうして測定された電子の磁気モーメントは、図に示した電子の状態に対し、 ほぼ $-(e/m)\hbar$ [Am$^2$] (図中上向きを正とする)、逆向きの 電子状態に対し、ほぼ $(e/m)\hbar$ となる。

電子は質量を持っているので、自転運動に対応した角運動量を持つことが 期待される。 この角運動量の大きさは、種々の方法で測ることができるが、例えば、原子と 電子を反応させ、反応前後の原子の角運動量の変化などから、 推定することができる。 $-(e/m)\hbar$ の磁気モーメントを持つ電子は、丁度 $(1/2)\hbar$ [Js] の角運動量を持ち、$(e/m)\hbar$ の電子は、$-(1/2)\hbar$ の 角運動量を持つ。 このような、自転運動にもとずく角運動量(angular momentum)のことを、特に スピン(spin)と呼ぶ。

厳密に言うと、この考えには多少問題がある。 全質量 $m$ の電子が、空間的に拡がって、一定の角速度で回転しており、 かつ、その各部の密度に比例した電荷密度が分布しており、その電荷密度の 和が $e$ であるようなモデルを考えると、磁気モーメントと角運動量の 比は、丁度 $-e/m$ となる。 ところが、実際の電子では、$-(1/2)e/m$ になっている。 電子に内部構造 (例えば密度と電荷密度が比例しないようなこと) を考えれば、 この二つは一致しなくとも良いが、それにしても、丁度 (厳密には、ほんの少し 異なるが) 1/2 という係数の出てくるのは不思議である。 このように、電子の具体的なモデルについては、まだ良く分かってない。 係数 1/2 の逆数 2 のことを、g 係数(g factor)と呼び、磁性の研究では 重要な量である。 電子が、空間的にループ状に移動する (公転のような) 運動に対して、$g$ 係数を求めると丁度 1 となる。

通常観測される磁性(magnetism)である常磁性や強磁性は、ほとんど、電子 スピンの作る磁気モーメントの現れである。 熱運動で、電子スピンが、上を向いたり下を向いたりバラバラな 状態にあるところへ、強い磁界をかけると、磁界の方向にスピンが 整列するようになる過程を、常磁性(paramagnetism)と呼ぶ。 また、スピン同志に、互いに平行になろうとする力が働く場合があり、この 力のため、スピン平行な領域の発生する現象を、強磁性(ferromagnetism)と呼ぶ。 磁性が、このように、角動量と強い関係にあることは、 図4.5のような方法で確かめることができる。 常磁性体を、図のように細い線でつるし、下向きの磁界 $B$ をかけた 状態で、静止させる。 このとき、磁性に関与している電子のスピンは、(a) のように上を向き、 上面に $S$、下面に $N$ が発生して安定となる。 さて、磁界の方向を急激に反転させると、磁石の磁化の方向は、逆の方が 安定であるので、徐々にスピンの向きが反転し、最後には下向きのスピン状態に 変わる。 角運動量は、保存されねばならないから、スピン角運動量の変化した分だけ、 磁性体中のスピン電子以外の部分が逆向きの角運動量変化を受け、回転を 始めることとなる。 磁性体の磁化から推定した磁気モーメントと、磁性体の回転速度から推定した 角運動量の比は、多くの重要な磁性体の場合、ほぼ $-(1/2)e/m$ となり、 磁性が電子のスピンに起因していることを示す。

図 4.5: 磁性体内の電子の持つスピン運動量。 (a) 電子は上向きの角運動量を持っている、(b) 電子を下向きの角運動量に 変えると、差の運動量が物体に与えられる
\includegraphics{fig/spin.mag-moment.eps}

電子に限らず、陽子(proton)中性子(neutron)、さらに大きな原子やさらに 大きなコマといったあらゆる粒子や物体が、角運動量を持っている。 適当な軸のまわりの角運動量を測ると、陽子や中性子は電子と同じように $(1/2)\hbar$$-(1/2)\hbar$ の二つの値しかとらないが、粒子や 物体によっては、もっといくつかの値をとったりする。 しかし、すべての角運動量に共通な性質がいくつかある。

  1. 全角運動量(total angular momentum)$J$ と呼ばれる量があり、$J=j\hbar$ と 表すと、$j$ は正または 0 の、整数または半整数でなければならない。
  2. 全角運動量 $J$ の粒子が、空間上のある軸、例えば $z$ 軸の まわりにとる角運動量の成分、$J_z$ の値を観測すると、$J_z=m\hbar$ として $m=-j,-(j-1),\ldots,(j-1),j$$(2j+1)$ 種類の、 いずれかしか観測されない。

一般に、全角運動量と、角運動量の $z$ 成分は、$J$$J_z$ の記号で 表されるが、粒子の自転運動に起因するスピン角運動量(spin angular momentum)については、 $S$$S_z$ が、また、粒子の公転運動に起因する 軌道角運動量(orbit angular momentum)については、$L$$L_z$ の記号が用いられることが 多い。 図4.6 (a)に示すような、$z$ 軸から $\theta$ ずれた 軸のまわりに全角運動量 $J$ を持って回転している粒子を考えよう。

図 4.6: 全角運動量と $z$ のまわりの角運動量。 (a) 古典力学における 角運動量とその成分、(b) 量子力学における角運動量 ($J=(5/2)\hbar $) とその成分 ($J_z$) は $\hbar $ おきのとびとびの値しか観測されない
\includegraphics{fig/spin.moment.eps}

$z$ 軸のまわりの角運動量 $J_z$ を測定すると、古典力学では、図 (a) のように $J_z=J\cos\theta$ となることが、知られている (角運動量は ベクトルであるから、$J_z$ は、$-J$ から $+J$ までの任意の値を、 連続的にとることができる)。 ところが、量子力学では、図 (b) に示すように、まず $J$ そのものに 制限がつき、さらに $J_z$ も、$\hbar $ おきの値しか 観測されないという、奇妙なことが起こる。 図 (b) では、 $J_z=(3/2)\hbar$ であり、$J=(5/2)\hbar $ であるから、$J_x=2\hbar$ となってもよさそうである。 ところが、どのような軸のまわりの角運動量も、前述の規則により、 $\hbar $ おきの値しか観測されないので、$J_x$ を測ると $-(5/2)
\hbar$$-(3/2)\hbar$$-(1/2)\hbar$$(1/2)\hbar$$(3/2)
\hbar$$(5/2)\hbar$ の、いずれかが観測されてしまう。 $J_x$ を何度か観測すると、$(3/2)
\hbar$$(5/2)\hbar$ の値が、 比較的高頻度で観測されるような確率分布が得られることになる。

何故、このようになるかについては、後の章で学んでもらいたいが、もう少し 概念的説明を続けよう。 古典的な物体は、勢いをつけて回せば、いくらでも大きな角運動量を 持つことができる。 しかし、余り早いと、遠心力のために物体が破壊してしまう。 量子力学でも同じようなことが起こるようで、粒子が安定に存在できるための 最大の全角運動量がある。 と言っても、素粒子(elementary particle)の場合には、そんなにいくつもの値の 全角運動量がとれるわけではなく、多くの場合、粒子に固有な一つの値しか 許されていない。 この、固有な全角運動量の値を、粒子のスピンと呼び、$S$ で表わす。 表4.1に代表的な粒子のスピンを示す。 ただし、慣例により $S=s\hbar$$s$ を示した。 従って、$s=1/2$ とは、全スピン $S=(1/2)\hbar$ のことである。


表 4.1: 素粒子とスピン
素粒子 速度 スピン $s$ とり得るスピン状態 $S_z$
電子, 陽子, 中性子, $\mu$ 中間子など $<c$ $1/2$ $(1/2)\hbar, -(1/2)\hbar$
中性微子 $c$ $1/2$ $(1/2)\hbar, (反粒子:
-(1/2)\hbar)$
$\pi$ 中間子など $<c$ 1 $\hbar,0,-\hbar$
光子 $c$ 1 $\hbar, -\hbar$


質量が有限で、光速以下の速度でしか走れない粒子は、前に示した規則により、 $S_z$$-s\hbar$ から $s\hbar$ の、$(2s+1)$ 種類の状態をとり 得る。 しかし、質量 0 で、光速で走る素粒子である、中性微子や光子については、$
2s$ 種類の状態しかとり得ない。 このような素粒子が、何故、固有なスピンを持つかについては、まだ 余りわかっていない。

角運動量 $s$ が整数の粒子はボーズ粒子(boson)と呼ばれる。 また、$s$ が半整数の粒子は、フェルミ粒子(fermion)と呼ばれる。 身近なものでは、光子がボーズ粒子であり、電子、陽子、中性子がフェルミ 粒子である。 ボーズ粒子とフェルミ粒子は、それぞれ粒子が一個しかないときには、何も差が 見られないが、粒子が多くなると、両者には明確な差が現れてくる。 図4.7のようにボーズ粒子は、いくつかの粒子が同一の 状態をとることができるのに対し、フェルミ粒子は、一つの状態を一個の 粒子しかとることができない。 例えば、電子はフェルミ粒子であるので、一つの電子が場所$x$にいて、 上向きのスピン状態をとっていると、同じ場所には、下向きのスピン状態の 電子しか入れなくなってしまう。 従って、多粒子の関与する統計力学などでは、これら二種類の粒子は全く 異なった振舞をする。

図 4.7: ボーズ粒子とフェルミ粒子。 (a) ボーズ粒子 (スピン整数) は同じ状態をいくつもの粒子が 同時にとることができる、(b) フェルミ粒子 (スピン半整数) は一つの状態を 一つの粒子しかとれない
\includegraphics{fig/spin.Bose-Fermi.eps}

さて、電子は $s=1/2$ であるから、$2s+1=2$ より、二つのスピン 状態をとることができる。 例えば、図4.4のような、$z$ 軸方向の不均質磁界により、 スピン角運動量が、$z$ 軸正方向を向いている $\left\vert+z\right\rangle $ (または $\left\vert\uparrow\right\rangle $ とも表す) の状態と、$z$ 軸負方向を向いている $\left\vert-z\right\rangle $ (または $\left\vert\downarrow\right\rangle $) の、二状態を 分けることができる。 したがって、空間的な状態の定まった電子 (たとえば $p=0$ の電子) と 言えども、さらにスピンに起因する自由度を持つこととなる。 つまり、任意の状態 $\left\vert\psi\right\rangle $ の電子は $\left\langle\left.x,y,z,s_z\right\vert\psi\right\rangle $、(ただし $s_z=\pm1/2$) を与えれば、状態が完全に 決定されることとなる。 しかし、本章では、空間のことを忘れて、議論を進めよう。 いま、勝手なスピン状態 $\left\vert\psi\right\rangle $ の電子の、$z$ 軸方向のスピン 状態を測定すると、 $\vert\left\langle\left.+z\right\vert\psi\right\rangle \vert^2$ の確率で $\left\vert+z\right\rangle $ 状態として観測されるか、 $\vert\left\langle\left.-z\right\vert\psi\right\rangle \vert^2$ の確率で $\left\vert-z\right\rangle $ 状態として観測されるかのいずれかとなる。

何故、このように観測されるのだろうか。 $+z$ 方向、あるいは $-z$ 方向を向いた電子が、その方向に 観測されるのは、理解できるが、中途半端な方向を向いた電子が、この 二方向のいずれかにしか観測できないのは、いかにも理解しづらい。 しかし、これは観測に基づく事実なのである。 その事実をいかに説明するかが、量子力学に課せられた課題なのである。 任意の偏光を $x$ 偏光を $y$ 偏光を分波する分析器を通すと、片方にしか 発見されなかったのと同じなのである。 あの場合も、それぞれの出口に、それぞれの確率で発見された。 この場合も、この $z$ 方向に方向付けされた測定器を使う限り、二つの 状態のいずれにしか発見されず、それぞれの確率で 発見されることになるのである。




問題4..7 $x$ 軸正方向を向いているスピン状態 $\left\vert+x\right\rangle $ $\left\vert+z\right\rangle $ 状態にどれほどの確率で観測されるだろうか。 また $\left\vert-z\right\rangle $ 状態をとる確率を求めよ。 同様に $\left\vert-x\right\rangle $ $\left\vert+z\right\rangle $ $\left\vert-z\right\rangle $ をとる確率、 $\left\vert+y\right\rangle $ $\left\vert-y\right\rangle $ $\left\vert+z\right\rangle $ $\left\vert-z\right\rangle $ をとる確率を求めよ。

答え $x$ 軸正方向と $z$ 軸負方向あるいは $z$ 軸負方向のなす 角度はいずれも $90^\circ$ であり、完全に対称の位置にある。 したがって $\left\vert+x\right\rangle $ $\left\vert+z\right\rangle $ をとる確率と $\left\vert+x\right\rangle $ $\left\vert-z\right\rangle $ をとる確率は等しくならなければならない。 つまり共に $1/2$ である。同様に他のすべての確率も $1/2$ となる。




それでは、三次元の極座標で表したとき、$\theta$$\phi$ という 勝手な方向を向いたスピン状態 $\left\vert\theta、\phi\right\rangle $ を考えよう。 この状態も、$z$ 軸のまわりの角運動量を測定すると、 $\left\vert+z\right\rangle $ $\left\vert-z\right\rangle $ を、それぞれ、ある確率で取るだろう。 その確率振幅を求めてみよう。 つまり、 $\left\langle\left.+z\right\vert\theta,\phi\right\rangle $ $\left\langle\left.-z\right\vert\theta,
\phi\right\rangle $ の、具体的な値を求めるという問題を、考える。 まず、前問より、 $\vert\left\langle\left.+z\right\vert+x\right\rangle \vert=1/\sqrt2$ $\vert\left\langle\left.-z\right\vert+x\right\rangle \vert=1/\sqrt2$ であるから次のように仮定してみよう。


\begin{displaymath}
\left\langle\left.+z\right\vert+x\right\rangle =\frac{1}{\s...
...angle\left.-z\right\vert+x\right\rangle =\frac{1}{\sqrt2}
%e1
\end{displaymath} (4.12)

これらに、任意の位相項がつく可能性があるが、これらの位相を無視しても、 以後の議論は、本質的には変わらない。 $\left\vert-x\right\rangle $ は、明らかに、 $\left\vert+x\right\rangle $ と異なる状態であり、 $\left\langle\left.-x\right\vert+x\right\rangle =0$ である。 かつ、前問より、 $\vert\left\langle\left.+z\right\vert-x\right\rangle \vert=1/\sqrt2$ $\vert\left\langle\left.-z\right\vert-x\right\rangle \vert
=1/\sqrt2$ であるから、例えば、次のように、選ばなければならない (振幅に、同じ位相項を掛け合わせてもよい)。


\begin{displaymath}
\left\langle\left.+z\right\vert-x\right\rangle =\frac{1}{\s...
...gle\left.-z\right\vert-x\right\rangle =-\frac{1}{\sqrt2}
%e2
\end{displaymath} (4.13)

電子を、いろいろ回転することを、考えてみよう。 電子を、$z$ 軸のまわりに右ねじ方向に $\phi$ 回転する オペレータを、 $\widehat{R}_z(-\phi)$ としよう。 このように対象を回転するオペレータを回転オペレータ(rotating operator)と呼ぶ。 通常、 $\widehat{R}_z(\phi)$ は、電子を固定して観測する座標系を 正方向に $\phi$ 回転するオペレータと定義されているので、本書のように 座標系を固定し、電子を $\phi$ 回す場合には $\widehat{R}_z(-\phi)$ と 表わすことになる。

$\left\vert+x\right\rangle $ の電子を、$\pi$ だけ回すと、 $\left\vert-x\right\rangle $ となるから、 次式が成立する。


\begin{displaymath}
\widehat{R}_z(-\pi)\left\vert+x\right\rangle =\left\vert-x\right\rangle
%e3
\end{displaymath} (4.14)

$\left\vert+x\right\rangle =(\left\vert+z\right\rangle +\left\vert-z\right\rangle )/\sqrt2$ であるから、さらに 次のようになる。


\begin{displaymath}%e4
\widehat{R}_z(-\pi)\left\vert+x\right\rangle
=\frac{1}...
...ngle
+\widehat{R}_z(-\pi)\left\vert-z\right\rangle \right]
\end{displaymath} (4.15)

$\left\vert+z\right\rangle $ の電子を $\pi$ 回しても $\left\vert+z\right\rangle $ であり、 $\left\vert-z\right\rangle $ の電子を $\pi$ 回しても $\left\vert-z\right\rangle $ であるから 次のようであるかというと、そういうわけにはいかない。


\begin{displaymath}
\widehat{R}_z(-\pi)\left\vert+z\right\rangle =\left\vert+z\...
...ngle =\left\vert-z\right\rangle \qquad\left(\mbox{誤り}\right)
\end{displaymath}

もし、これらの式を、式4.15へ代入すると、右辺は $\left\vert+z\right\rangle $ のままになってしまい、式 4.14と 矛盾してしまう。

この矛盾を救うには、位相回転を導入すれば良いことが、わかる。


\begin{displaymath}
\widehat{R}_z(-\phi)\left\vert+z\right\rangle =\exp(-i\alph...
...t\vert-z\right\rangle =\exp(-i\beta)\left\vert-z\right\rangle
\end{displaymath}

どのような位相を導入したらよいのだろうか。 まず次にことに注目して欲しい。 微小な角度 $\Delta\phi$ の回転に対し、$-\Delta\alpha$ だけの 位相変化があったとすると、$2\Delta\phi$ の回転に対しては次のような 式が成り立つ。


\begin{displaymath}
\widehat{R}_z(-2\Delta\phi)\left\vert+z\right\rangle =\wide...
...\right\rangle =\exp(-2i\Delta\alpha)\left\vert+z\right\rangle
\end{displaymath}

$\Delta\phi$ を2倍にすれば、$-\Delta\alpha$ も 2 倍となるので、 この結果から類推して、一般の角度 $\phi$ に対する位相変化 $-\alpha$ は角度に比例すると言える。 同様に、$\phi$$-\beta$ も比例する。 さらに、$\alpha$$\beta$ の差だけが重要となるので、普通 $\beta=-\alpha$ に選ばれることが多い。 結局、次のように置ける。


\begin{displaymath}
\widehat{R}_z(-\phi)\left\vert+z\right\rangle =\exp(-im\phi...
...vert-z\right\rangle =\exp(im\phi)\left\vert-z\right\rangle %e5
\end{displaymath} (4.16)

このようにすると、式4.15は、次のように変形できる。


\begin{displaymath}
\widehat{R}_z(-\pi)\left\vert+x\right\rangle
=\frac1{\sqr...
...z\right\rangle
+\exp(im\pi)\left\vert-z\right\rangle \right]
\end{displaymath}

これが、 $\left\vert-x\right\rangle $ の状態となるには、 $\left\vert+z\right\rangle $ $\left\vert-z\right\rangle $ の成分が、それぞれ $1:-1$ の比になることが、必要となる。 $m=1/2$ とすると、ちょうど、 $\exp(-i\pi/2):\exp(i\pi/2)=1:-1$ となる。 このようにして、次式が得られる。 なお、$m=-1/2$ としても、議論が可能であるが、確率計算をしてみると 結果はまったく一致するので、慣習にしたがって $m=1/2$ とした。


\begin{displaymath}
\widehat{R}_z(-\phi)\left\vert+z\right\rangle =\exp\frac{-i...
...ight\rangle =\exp\frac{i\phi}2\left\vert-z\right\rangle
%e6
\end{displaymath} (4.17)

これより、$\phi=\pi$ と置くことで、改めて $\left\vert-x\right\rangle $ を 求めることができる。


\begin{displaymath}
\left\vert-x\right\rangle =\frac{-i}{\sqrt2}\left(\left\vert+z\right\rangle -\left\vert-z\right\rangle \right)
\end{displaymath} (4.18)

$-i$ は、一般性を損なわないので、式4.13のように 省かれることもある。

$x$ 軸のまわりに $\theta$ 回す回転オペレータ、 $\widehat{R}_x(-\theta)
$ については、どのような関係が得られるであろうか。 この操作は、いままでの $z$ 軸に関する操作を、$x$ 軸に対して 行っていることになるので、式4.17から推察して、直ぐに、 次の関係を得ることができる。


\begin{displaymath}
\widehat{R}_x(-\theta)\left\vert+x\right\rangle =\exp\frac{...
...ht\rangle =\exp\frac{i\theta}2\left\vert-x\right\rangle
%e7
\end{displaymath} (4.19)

ここまで準備ができると、勝手な方向 $\theta$$\phi$ を向いた スピン状態、 $\left\vert\theta,\phi\right\rangle $ の、 $\left\vert+z\right\rangle $ $\left\vert-z\right\rangle $ をとる確率振幅を、求めることができる。 図4.8よりわかるように、 $\left\vert+z\right\rangle $$x$ 軸の まわりに $-\theta$ 回し、次に、$z$ 軸のまわりに $-(\pi/2-\phi)$ 回すと、 $\left\vert\theta,\phi\right\rangle $ の状態となる。

図: スピン状態 $\left\vert\theta,\phi\right\rangle $ $\left\vert+z\right\rangle $ にする 回転操作
\includegraphics{fig/spin.rotation.eps}

つまり、次式が成立する。


\begin{displaymath}
\left\vert\theta,\phi\right\rangle
=\widehat{R}_z\left(\f...
...-\phi\right)\widehat{R}_x(\theta)\left\vert+z\right\rangle %e9
\end{displaymath} (4.20)

この式と、式4.17、式4.19を 用いると、 $\left\vert\theta,\phi\right\rangle $ $\left\vert+z\right\rangle $ $\left\vert-z\right\rangle $ で表わすことができる。




問題4..8 $\left\vert\theta,\phi\right\rangle $ $\left\vert+z\right\rangle $ $\left\vert-z\right\rangle $ で表わせ。

ヒント ${\displaystyle\widehat{R}_x(\theta)\left\vert+z\right\rangle =\widehat{R}_x(\th...
... \theta2\left\vert+z\right\rangle +i\sin\frac\theta2\left\vert-z\right\rangle }$




その結果は次のようになる。


\begin{displaymath}
\left\vert\theta,\phi\right\rangle =\exp\frac{i(\pi/2-\phi)...
...c{-i(\pi/2-\phi)}2\sin\frac{\theta}2\left\vert-z\right\rangle
\end{displaymath}

この式の右辺を長さ 1 の定数 $\exp(i\pi/4)$ で除しても一般性は 失われないから、次式が得られる。


\begin{displaymath}
\left\vert\theta,\phi\right\rangle =\exp\frac{-i\phi}2\cos\...
...rac{i\phi}2\sin\frac{\theta}2\left\vert-z\right\rangle
%e10
\end{displaymath} (4.21)

この式より、 $\left\vert+x\right\rangle $ $\left\vert-x\right\rangle $ $\left\vert+y\right\rangle $ $\left\vert-y\right\rangle $ を、改めて求めることができる。




問題4..9 4.21より、 $\left\vert+x\right\rangle $ $\left\vert-x\right\rangle $ $\left\vert+y\right\rangle $ $\left\vert-y\right\rangle $ の、各々の状態に対して、 $\left\vert+z\right\rangle $ $\left\vert-z\right\rangle $ の 成分を求めよ。 ただし、各 $\left\vert+z\right\rangle $ 成分が、正実数になるよう、適当に 位相調整をしてみよ。





\begin{displaymath}%e11
\left.
\begin{array}{ll}
\displaystyle\left\langle\le...
...vert-y\right\rangle =\frac{-i}{\sqrt2}
\end{array} \ \right\}
\end{displaymath} (4.22)

これらの結果をみると、 $\{\left\vert+x\right\rangle , \left\vert-x\right\rangle \}$ が一組の 基底状態になるのと同様、 $\{\left\vert+y\right\rangle , \left\vert-y\right\rangle \}$ も、もう一組の 基底状態となること、問4.7の各確率が $1/2$ となることなどがわかる。

以上、電子の $1/2$ スピン状態について述べたが、スピン 1 の粒子の 振舞は、二つのスピン $1/2$ 粒子の合成で、考えることができるなど、 ここに述べたことが、あらゆるスピンや角運動量の基礎となっている。


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Yoichi OKABE 平成19年6月30日