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二状態系の例

対象とする物理系が、二つの状態の遷移だけで、記述される例は、ここに 示した、水素分子イオンや、磁界中のスピンの例以外にも、 いくつかあげられる。 特に、前者の例のように、ハミルトニアンの対角項が等しいものは、 $\left\vert E_l\right\rangle $ が、もとのエネルギーの $E_0$ よりも、かなり 低くなることから、化学結合などで多く見られる、重要なものである。

例えば、ベンゼン分子は、6個の炭素原子が環状に結合しており、 そのまわりに、6個の水素原子の配列された、図4.11のような 形を構成している。 炭素原子は、4本の結合の腕を持つことから、図4.11 $\left\vert I\right\rangle $ または $\left\vert II\right\rangle $ の、どちらかの構造を取りうる。 この $\left\vert I\right\rangle $ $\left\vert II\right\rangle $ のエネルギーは、当然等しく、ちょうど 水素分子イオンの、 $\left\vert左\right\rangle $ $\left\vert右\right\rangle $ のような 関係にあることがわかる。 二つの状態は、相互に、わずかな確率振幅 $A$ で遷移できることから、この 場合にも、もっとも安定なベンゼン分子の状態としては、 $\left\vert I\right\rangle $ $\left\vert II\right\rangle $ の状態の混ざり合った $\left\vert E_l\right\rangle =(\left\vert I\right\rangle -\left\vert II\right\rangle )/
2$ に、なっていることが、推察できる。 $E_l$ は、もともとのエネルギーより $A$ だけ低いため、ベンゼンは、 著しく安定な化合物となっている。 このように、全く対称的な二つの状態の混ざり合ってできる、安定状態 $\
ket{E_l}$ のことを、共鳴状態と呼ぶ。 また、$A$ のことを、交換エネルギーと呼ぶ。

図 4.11: ベンゼン分子の共鳴状態
\includegraphics{fig/bi.benzene.eps}

もう一つ例をあげよう。 水素分子は、二つの水素原子核と、二つの電子からできている。 電子は、それぞれの原子核付近に、一個ずつ結合している。 さて、電子はスピンを持っているが、スピン 1/2 粒子の間には、パウリの 禁止則という法則が、働いている。 これは、スピン半整数の同一粒子間に、成立する法則であり「二つの粒子は、 同じ状態になれない」と、いうものである。 二つの電子は、別々の原子核に結合しており、別の状態には居るが、わずかに 遷移の可能性があるため、できれば、別の状態をとろうとする。 そこで、左の電子のスピンが上向きならば、右の電子のスピンは、 下向きになろうとする。 従って、図4.12に示したように、 $\left\vert\uparrow
\downarrow\right\rangle $ となるか、逆の $\left\vert\downarrow\uparrow\right\rangle $ となるかの 二つの状態が、水素分子のとりうる状態となる。 この二つの状態は、対称性から、まったく同じエネルギーをとることから、 安定状態としては、以下のようになることが、推定できる。


\begin{displaymath}%e26
\left\vert E_l\right\rangle =\frac1{\sqrt2}(\left\vert\...
...ow\right\rangle
-\left\vert\downarrow\uparrow\right\rangle )
\end{displaymath} (4.37)

このように、共鳴状態を利用した結合は、化学の分野で重要な役割を果たし、 特に、共鳴結合と呼ばれる。

図 4.12: 水素分子の共鳴状態
\includegraphics{fig/bi.resonant-state.eps}

二状態のエネルギーが、もともと、異なっているとき、つまり、 ハミルトニアンが次のような形で、表されるときにも、同様な現象が現れる。


\begin{displaymath}%e27
\widehat{H}:\ \left(\matrix{E_1 & A \cr A^* & E_2}\right)
\end{displaymath} (4.38)




問題4..16 ハミルトニアンが、式4.36のように、基底状態に対し非対称な 場合の、定常状態およびそのエネルギーを求めよ。 $A$ は正実数とする。

答え


\begin{displaymath}
E_{h,l}=\frac{E_1+E_2}2
\pm\sqrt{\left(\frac{E_1-E_2}2\right)^2+A^2}
\end{displaymath}

定常状態は $\widehat{H}$ の固有状態であるが、省略する。




この場合も、$E_h$ は、$E_1$$E_2$ より高くなり、$E_l$ は、 $E_1$$E_2$ より低くなる。 $E_1>E_2$ として、$E_l$$E_2$ より、どの程度低くなるかを、 図4.13に示す。 この図よりわかるように、もとのエネルギーの差、$E_1-E_2$ が 大きくなると、$E_l$$E_2$ に対し、それほど低くなくなる。 つまり、共鳴によるエネルギーの低下は、$E_1=E_2$ のとき、もっとも 顕著になると言える。

図 4.13: 交換エネルギーの大きさ
\includegraphics{fig/bi.exchange-energy.eps}


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Yoichi OKABE 平成19年6月30日