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時変系の運動方程式

前述の水素分子イオンに、図4.14に示すように、電界を 加えてみよう。 この電界で、二個の水素原子核のところに、$V/2$ および $-V/2$ ボルトの 電位ができるとすると、 $\left\vert左\right\rangle $ の状態のエネルギーは、$E_0$ より $-eV/2$ だけ低くなる。 何故なら、左の電子と陽子は、中和しているのに対し、右の陽子は $e$ クーロンの電荷を持ち、かつ $-V/2$ ボルトの電位のところに 置かれているからである。 同様に、 $\left\vert右\right\rangle $$E_0+eV/2$ のエネルギーとなる。 このため、ハミルトニアンは式4.2の代わりに以下のようになる。


\begin{displaymath}%e28
\widehat{H}:\ \left(\matrix{\displaystyle E_0-\frac{eV}2 & A \cr A & \displaystyle E_0+\frac{eV}2}\right)
\end{displaymath} (4.39)

ただし、$A$ は正実数とした。 この解は、前節で示した、$E_1$$E_2$ の異なる場合の解と一致する。

図 4.14: 電界中の水素分子イオン
\includegraphics{fig/bi.H-ion-in-field.eps}

さて、ここで、電界を角周波数 $\omega $ で変化してみよう。 ハミルトニアンは、次のようになる。


\begin{displaymath}%e29
\widehat{H}:\ \left(\matrix{\displaystyle E_0-\frac{eV_...
... \cr
A & \displaystyle E_0+\frac{eV_0}2\cos\omega t}\right)
\end{displaymath} (4.40)

また、運動方程式は、以下のようになる。


\begin{displaymath}%e30
\left.
\begin{array}{l}
\displaystyle i\hbar\frac d{d...
...V_0}2\cos\omega t\right)\psi_{右}(t)
\end{array} \ \right\}
\end{displaymath} (4.41)

これらの方程式は、係数が、時間とともに変化するため、これまでに示した、 一般的な方法で、答えを見つけることができない。 つまり、式4.40の固有値問題として、解くことができず、 また、近似的解しか得られないことも、しばしば起こる。 まず、$V_0=0$ とおくと、このときは、線型微分方程式となるから、 式4.3より、以下の解が得られる。


\begin{displaymath}%e31
\left(\matrix{\left\langle\left.左\right\vert\psi(t)\ri...
...t(\matrix{1/\sqrt2 \cr -1/\sqrt2}\right)\exp\frac{-iE_lt}\hbar
\end{displaymath} (4.42)

$\alpha$ は、 $\left\vert\psi(t)\right\rangle $ $\left\vert E_h\right\rangle $ をとる確率振幅、 $\beta$ $\left\vert\psi(t)\right\rangle $ $\left\vert E_l\right\rangle $ をとる 確率振幅である。 上式は、当然 $V_0\neq 0$ のときには、式4.41 を満足しない。 しかし、$V_0$ が小さければ、かなり良い近似になっているはずである。 そこで、$V_0$ が大きいときには、$\alpha$$\beta$ を 時間とともに、変化させて、この矛盾を吸収させようという、考え方がある。 この方法は、定数変化法と呼ばれる。 ともかく、$\alpha$$\beta$$\alpha(t)$$\beta(t)$ として、式4.41へ代入してみよう。 $E_h=E_0+A$$E_l=E_0-A$ の条件から、いくつかの項が消え、残った 項をまとめると、次の式が得られる。


    $\displaystyle i\hbar\frac{d\alpha}{dt}\left(\matrix{1/\sqrt2 \cr 1/\sqrt2}\righ...
...c{d\beta}{dt}
\left(\matrix{1/\sqrt2 \cr-1/\sqrt2}\right)\exp\frac{-iE_lt}\hbar$  
    $\displaystyle \qquad=-\frac{V_0e}2\cos\omega t\left[\alpha
\left(\matrix{1/\sqr...
...+\beta\left(\matrix{1/\sqrt2 \cr -1/\sqrt2}\right)\exp\frac{-iE_lt}\hbar\right]$ (4.43)

あるいは、右から $\left(\matrix{1/\sqrt2 & 1/\sqrt2}\right)$ および $\left(\matrix{1/\sqrt2 & -1/\sqrt2}\right)$ を掛けて、次式を得る。


\begin{displaymath}%e33
\left.
\begin{array}{rcl}
\displaystyle i\hbar\frac{d...
...]
+\exp[-i(\omega+\omega_0)t]\right\}
\end{array} \ \right\}
\end{displaymath}  

ただし $\omega_0=(E_h-E_l)/\hbar$ とした。この方程式は、厳密には 解けない。 しかし、$\alpha$$\beta$$V_0=0$ で、定数であり、 $V_0\neq 0$ でも、比較的ゆっくりとしか変動しないことを考慮すれば、 近似的に解くことができる。 実際、$\omega $$\omega_0$ に近い値をとるとき、この 近似はよくなりたつ。 $\alpha$$\beta$ がゆっくり変動すると、 $\exp[i(\omega+
\omega_0)t]$ $\exp[-i(\omega+\omega_0)t]$ のような速い 変化をする項は無視でき、上式は次のように近似できる。


\begin{displaymath}%e34
\left.
\begin{array}{rcl}
{\displaystyle i\hbar\frac{...
..._0}4\exp[i(\omega-\omega_0)t]\alpha}
\end{array} \ \right\}
\end{displaymath}  

ここまで近似すると、これらの方程式は、厳密に解くことができる。

まず、 $\omega=\omega_0$ の場合を考えてみよう。 つまり、印加交流電界の周波数が、エネルギー差 $E_h-E_l$ に対応する 周波数に一致する場合である。 このような場合には、さらに簡単な形になる。


\begin{displaymath}%e35
\left.
\begin{array}{rcl}
{\displaystyle i\hbar\frac{...
...&{\displaystyle -\frac{eV_0}4\alpha}
\end{array} \ \right\}
\end{displaymath} (4.44)




問題4..17 4.46を解いてみよ。 ただし、$t=t_0$ で、 $\alpha=\alpha(0)$ $\beta=\beta(0)$ $\alpha(0)^2+\beta(0)^2=1$ とせよ。




この方程式の解は、次のように与えられる。


\begin{displaymath}%e36
\left.
\begin{array}{rcl}
\alpha(t)&=&{\displaystyle ...
...}
+i\beta(0)\cos\frac{eV_0t}{4\hbar}}
\end{array} \ \right\}
\end{displaymath} (4.45)

いま、$t=0$ で、 $\left\vert\psi(t)\right\rangle $ $\left\vert E_h\right\rangle $ $\left\vert E_l\right\rangle $ の状態である確率は、時間とともに、以下のように変化する。


\begin{displaymath}%e37
\left.
\begin{array}{rcl}
P(\psi(t)\rightarrow E_h)&=...
...vert^2
=\sin^2\frac{eV_0t}{4\hbar}}
\end{array} \ \right\}
\end{displaymath} (4.46)

ただし、$\vert\alpha(0)\vert^2$ は当然 1 であることを、利用した。 この関係を図4.15に示す。 時不変のハミルトニアンの場合、エネルギー確定状態をとる確率は、 時間とともに変化しない、つまり、定常であるのに対し、 交流電界のかかっているような時変の系では、エネルギー確定状態をとる 確率は、時間とともに変化する。 $t=0$ で、 $\left\vert\psi(t)\right\rangle =\left\vert E_h\right\rangle $ であったものが、 $t=2\pi
\hbar/eV_0$ では、 $\left\vert E_l\right\rangle $ になっていることがわかると思う。 つまり、水素分子イオンは、$E_h-E_l$ のエネルギーを、この間に 失っている。 このエネルギーは、電界を作り出している発振器が受け取ることになる。 次の $1/4$ 周期では、逆に電界から $E_h-E_l$ のエネルギーをもらって、 水素イオンは再び $\left\vert E_h\right\rangle $ の状態に戻ることになる。 水素イオンを $E_h-E_l$ の状態にして、電磁界の入っている箱に入れ、 ちょうど $2\pi\hbar/eV_0$ だけたってから取り出すと、箱の中の 電磁界は $E_h-E_l$ だけのエネルギーを受け取ることになる。 したがって、定期的に水素分子イオンを箱の中に入れてやれば、箱に多少の 電磁界を損失っさせる機構があっても、電磁界の振動を 継続させることができる。 レーザーは、こうした原理を巧みに利用して、電磁界の 発振をさせるものである。

図 4.15: 交流電界中でのエネルギー準位の遷移
\includegraphics{fig/bi.transition-in-ac.eps}

$\left\vert E_l\right\rangle $ になったイオンを取り除くには、イオンをビーム状にして、 箱の中を通過させ、その通過時間を $2\pi\hbar/eV_0$ としたり、あるいは 三状態の系を利用し、 $\left\vert E_l\right\rangle $ をさらに第三の状態に変えてしまう、 などの方法がとられる。 このように電磁界とエネルギーをやり取りして、状態の変化することを、 遷移という。また、遷移に関わるエネルギー確定状態を、特に エネルギー準位(energy level)と呼ぶことが多い。

$\omega\neq\omega_0$ の場合も、式4.45は厳密に 解くことができる。




問題4..18 $\omega\neq\omega_0$ として、式4.45を 解いてみよ。

ヒント $\quad\alpha(t)=\alpha(0)\exp[i\gamma(t)]$ とおき、上式より $\beta(t)$ を求めよ。 さらに、下式より、$\gamma$ の満たすべき条件を求めよ。

答え $\qquad\gamma(\gamma+\omega-\omega_0)=({eV_0t/{4\hbar}})^2$ より 得られる以下の二つの $\gamma$ に対する解を、合成したもの。


\begin{displaymath}
\gamma=-\frac{\omega-\omega_0}2\pm\sqrt{\left(\frac{\omega
-\omega_0}2\right)^2+\frac{eV_0t}{4\hbar}^2}.
\end{displaymath}






しかし、厳密解は複雑なので、ここでは$t=0$ 付近の近似解のみを 検討してみよう。 再び $t=0$ で、 $\left\vert\psi(0)\right\rangle =\left\vert E_t\right\rangle $ であったとしてみよう。 $\alpha (0)=1$$\beta(0)=0$ を初期条件とするから、 式4.45の上式より、$\alpha(t)$ は、$t$ が余り 大きくならないうちは、ほとんど変化せず、 $\alpha(t)\cong1$ となる。 一方、$\beta(t)$ は、式4.45 の下式より、かなり 大きく変化する。


\begin{displaymath}%e38
\beta(t)\cong-\frac{eV_0}{4i\hbar}\int_0^t
\exp[i(\ome...
...V_0}{4\hbar(\omega-\omega_0)}
\{\exp[i(\omega-\omega_0)t]-1\}
\end{displaymath} (4.47)

これより、確率の時間変動は次のようになる。


\begin{displaymath}%39
P(\psi(t)\rightarrow E_l)=\vert\beta(t)\vert^2\cong\left...
...rac{\sin(\omega-\omega_0)t/2}{(\omega-\omega_0)t/2}
\right]
\end{displaymath} (4.48)

この解を、$t$ に関して見てみると、図4.16のようになり、エネルギー準位から決まる $\omega_0$ と、印加電界の 角周波数 $\omega $ の差の角周波数で変化することがわかる。 また、その振幅は $\omega-\omega_0$ に逆比例する。

図 4.16: 振動電界中で低いエネルギー状態をとる確率の時間変化
\includegraphics{fig/bi.transition-in-low-ac.eps}

4.50$t$ を固定し、印加電界の角周波数 $\omega $ を変えて見てみると、面白い。 その関係を、図4.17に示す。 $\omega=\omega_0$ で、 $\left\vert E_h\right\rangle $ の状態が $\left\vert E_l\right\rangle $ の 状態に遷移する確率が、もっとも高くなる。 この確率は $\omega $$\omega_0$ より $2\pi/t$ 程度ずれると、 ほとんど 0 になってしまう。 この現象は、ハイゼンベルグの不確定性原理(Heisenberg uncertainty principle)の一つの表れである。 電界が水素分子イオンと $t$ 程度の短い時間やり取りすると、電界を 構成している光子のエネルギー $\hbar\omega$ と、準位間のエネルギー差 $\hbar\omega_0$ が、少しぐらいずれていても、エネルギーを やり取りすることができる。 $\omega-\omega_0$$2\pi/t$ 程度まで やり取りできるということは、 $\Delta E\cong2\pi\hbar/t$、 つまり、 $\Delta E\times (やり取りの時間) \cong h$ となり、 ハイゼンベルグの不確定性原理と同じ関係が成立する。

図 4.17: 時間 $t$ 後における遷移の$\omega $ 依存性
\includegraphics{fig/bi.omega-dep-of-transition.eps}

$\omega-\omega_0$、つまり、共振周波数(resonant frequency)では、式4.50の[ ]内が 1 となり、式4.50 ${V_0et/4\hbar}^2$ となる。 この式は、式4.48下式の $t$ が小さいときの値に 一致している。


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Yoichi OKABE 平成19年6月30日