量子力学の世界でのスターは、何といっても電子であろう。 原子と原子の間で動き回って、原子同志の間に力を発生し、化合物を 形成するのも、電子の働きであるし、金属や半導体中で動き回って、導電現象を 起こさせるのも、電子である。 また、レーザの多くも、電子状態の変化を利用したものが多く、磁石の磁性も、 主として、電子の持つ磁性に起因している。
シュレディンガーの方程式は、主としてこの電子の運動を扱う 運動方程式といっても過言ではない。 第4章で述べたように、電子はスピンという内部状態を 有しているが、たとえば電界しかないような環境での運動を論ずるときには、 スピンの影響はなく、空間の移動運動だけを考えればよい。 それでは、電子の空間における状態は、どのように表したらよいのであろうか。
第1節のド・ブロイの関係で述べたように、運動量
の状態は、空間的には、角波数
の波の形の確率振幅をとる。
空間は三次元であるので、もう少し厳密に言うと、
、
、
方向に、運動量成分
、
、
をとる状態の電子は、
、
、
方向に、それぞれ、
、
、
の角波数で変化する波の形の確率振幅をとる。
| (6.1) |
同じように、一般の電子状態
も、各位置
をとる確率振幅
で、表すことができる。
本章では、こうした考え方から、電子状態の基底状態として
位置基底状態(location base states)
を考えれば良いことを示す。
さらに、
も、運動量基底状態(momentum base states)と
呼ばれる別の基底状態となること、を説明する。
電子状態を考えるときに、いきなり三次元空間の状態を考えず、前章で
行ったようにまず、仮想的な
方向の一次元空間の状態を
考えるものとする。
一次元空間というと、現実性が乏しいように思われるかも知れないが、
三次元空間の電子状態でも、
方向の状態、
方向の状態が、すべて
確定している場合、例えば、
とすると、電子は
方向の
状態だけで理解できるのである。
電子の内部状態であるスピンについては、本章でも考えないこととする。
いま、ある位置(location)
にいることが確定している状態の電子、
つまり、確率
で
にいる電子は、明らかに位置
にいて、他の位置
にはいないはずである。
つまり、状態の組
には、式 2.1で
示したのと同様な、正規直交性が成立する。
また、勝手な状態
にある一個の電子が、
一次元空間のどこにいるかを調べると、必ず、どこかにいるはずであり、各点で
発見される確率の和は、1 となる。
この式は、式 2.3 に対応し、
の
完備性を表している。
つまり、
は、一組の基底状態を
構成していることがわかる。
しかし、ある勝手な状態
の電子が、一点
に
発見される確率は、一点というのが幅を持たないため、実は 0 になる。
これを、厳密に定義するには、微積分で用いられる手法を、導入するとよい。
つまり、一次元の空間を、
ごとの微小区間(incremental division)に
分割する。
さらに、図6.1に示すように、電子の存在し得る
領域も、
でなく、全長
の領域に限定し、
分割数
を
の有限の値としておく。
を整数として、各区間の中心の座標
とする。
全領域をほぼ原点対称に配置するために、
が奇数のときは、
とする。
が偶数のときは、やや非対称になるが、
とする。
まとめて、今後は「
は
なる整数」と表現しよう。
この一次元空間は、議論の最後で、
、
とすることにより、一次元無限長空間(infinite space)を
取り扱うことができる。
なお、区間数が奇数であろうと、偶数であろうと、区間の総数は
であるが、
である。
勝手な状態
の電子が、図6.1の
を中心とする
番目の区間に発見される確率、
に対応する確率振幅を、
と表すことにしよう。
に対し、
式6.2、式6.3に対応する
正規直交性の式が得られる。
あるいは、式6.5は変形できて、式2.8 の形の、完備性の式が得られる。
このような有限の大きさの区間に対する
は、
有限の値を持ち、また、基底状態の総数
も、有限であるから、
第2章の議論がすべて利用できる。
ここで
を非常に小さくしてみよう。
前述のように、ある勝手な状態
の電子が、区間
に発見される確率、
は、ほぼ、
に比例して小さくなり、
で 0
になってしまう。
このような場合、確率を
で割ってから、
とした確率密度(probability density)の概念を用いると、これは、
有限におさまるため、都合が良い。
| (6.7) |
確率密度の概念に対応し、基底状態ベクトルを、次のように変えた概念が、よく 用いられる。
| (6.8) |
となり、通常の
状態ベクトルのように
とはならないことから、アンダーラインを付して区別した。
この、
を用いると、確率密度は、以下のように
簡単に表され、都合が良い。
| (6.9) |
は、ある
という状態の
電子が、空間の各点で、どのくらいの確率密度で発見されるか、に対応する
確率密度振幅(probability density amplitude)で、波動関数(wave function)とも呼ばれる。
多くの本では、スカラ一量
を、
と関数の形で表している。
は、直接、確率密度に対応し便利であるが、
の、
であるから、
式6.4 や式6.6のような形の、正規直交性と
完備性の式を満たさない。
の関係を用いると、
式6.4、式6.6より、次の関係が得られる。
まず、前式右辺の
は、
有限のとき、
で 0、
のとき
となる。
これを、
を横軸として表したものを、
図6.2に示す。
の極限で、この
関数は、ディラックのデルタ関数(Dirac delta function)と呼ばれ、
と書かれる。
定義から明らかのように、次式が成立する。
| (6.12) |
無限大が発生するなど、数学的には、やや難解な概念であるが、
分からなくなったときには、本来の定義
に、立ち
戻って考えるのがよい。
の記号を用いると、
のとき、式6.10は、次のように
表すことができる。
後式6.11の、左辺を良く眺めてみると、この形は、次に 示す積分の定義の形になっている。
つまり、
で、式6.11は、
次のように書替えられる。
あるいは、式6.6より次式のように変形できる。
本節は、式の変形に終始してしまったが、要は、連続系(continuous system)を
表現するのに便利な、密度型の基底状態
の
完全性の表現形式について、述べたものである。
が、基底状態であることから、どんな勝手な
状態
も、
を、すべての
場所
に対し与えることにより、一義的に表すことができる。
量子力学では、電子の波動関数という言葉が、よく現れるが、それは、
波動関数
を
知ることにより、電子の状態
を、
正確にとらえることができるからである。
問題6..1 ディラックの
関数に関する次の関係を証明せよ。
ヒント
や
の定義に戻って、考えよ。
次に
としてみよう。
量子力学で扱う電子状態の多くは、原子核の周りに局在している。
従って、考えている領域の大きさ
を拡げても、確率密度は有限の
値をとるため、前述の議論は、何の影響も受けない。
つまり、式6.5や式6.6で、
を、
単純に
の記号で置き換えるだけですんでしまう。
しかし、空間全体にほぼ一様に拡がっているような電子状態では、
そうはいかない。
つまり、
の増大と共に、確率密度は、
で
減ってしまうからである。
このような場合は、前述の、
の議論のときと
同様に、基底ベクトルを変形したものを、用いればよい。
| (6.16) |
ただ、無限大の空間全体に、ほぼ一様に、拡がってしまったような電子状態は、
理論的には意味があっても、発見する確率密度が 0 となり、現実には
意味をなさない。
このため、上式のような基底ベクトルは、ほとんど用いられない。
理論上、空間全体に拡がった関数がどうしても必要な場合にも、次節で
述べるように、全空間を十分大きな
に限ったまま、議論することが
多い。
以上、一次元空間での電子状態を考えたが、以上の議論を、三次元に
拡張してみよう。
相変わらずスピン状態のことを考えないことにすれば、この作業は、一次元の
場合の簡単な拡張ですることができる。
まず、一次元の
場合、
の区間に電子の存在する確率や確率振幅を、
考えたように、縦
、横
、高さ
の三次元空間を
考える。
それを、それぞれ
、
、
に、等分する。
こうしてできた、図6.3に示す
の微小直方体に、電子の存在する確率や確率振幅を考える。
の状態の電子がこの直方体中にいる確率振幅を
で表すと、確率
はほぼ直方体の体積
に比例する。
従って
に対しては、
一次元のときと同じように、確率密度を考える必要がある。三次元の場合には、
次の確率密度振幅を基底状態としてを考えれば良いことがわかる。
| (6.17) |
問題6..2
に対する正規直交性と完備性の式を求めよ。
答え
| (6.18) |
| (6.19) |
運動量確定状態は、
と領域を限れば、前章でも示したように基底を
構成する。
つまり、正規直交性と完備性が成立する。
としても、位置に対する確率密度振幅の定義は
変えなくても、実用上差し支えないことを、前節の終わりに述べたが、運動量に
対しては、少し工夫が必要なる。
それは、次式で与えられる
と
の間隔が、
で無限に小さくなっていってしまうからである。
| (6.21) |
こうした場合の対策は、すでに
のときに、
経験ずみである。
同様にして、基底状態
のかわりに、次のベクトルを、
定義しよう。
| (6.22) |
この概念を用いると、勝手な状態
が、ある運動量をとる
確率密度が、簡単に表される。
| (6.23) |
また、空間の連続型基底状態と同様に、正規直交性や完備性も、 次のようになる。
| (6.24) |
| (6.25) |
なお、
を
で表すと、
次のようになる。
問題6..3 式6.26を証明せよ。
ヒント
式5.21の両辺を
で割れ。