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力の平衡

まず平地(flat ground)で止っているスキーヤーの人間と板の系に働いている 力について、議論しよう。 スノーボードの場合もほとんど同じであるので、異なるところだけを 本節の最後で述べることとする。 スキーの板に立っているだけのスキーヤーにはどんな力が働くのであろうか。 まず、誰でも考えるのは重力である。 その他、雪を踏み締める力なども考えられる。

実はもっと沢山の力が働いている。 力学の議論をするには、システムを構成しているすべての要素ごとに、 その要素に働く力をしらべなければならない。 人間に働く力、スキー板に働く力、雪に働く力、といった具合である。 いや、人間は、少なくみても、頭、上半身、上腕、下腕、手、上腿、下腿、 足などの要素を持つから、それぞれの要素に働く力をみなければならない。 現実的には、相互に位置関係が移動しない要素はまとめて 議論することができる。 正直言って、議論ごとに、もっともよい数の要素に分離する。

静止したスキーヤーの人間と板の系については、 人間がその形を維持していることから、人間全体を一つの要素としよう。 つまり、この場合の要素は、人間、スキー板、雪である。 二つの要素間に力が働く場合には、作用-反作用の法則(law of action and reaction)が成立する。 これは片方が他方を押せば、他方が片方を押す力もあり、 この二つの力は同じ大きさで、方向が反対になるというものである。 この法則は、引っ張り合う場合でも、捻じり合う場合でも、 いかなる場合でも成立し、ニュートンの法則(Newton law) (運動の三法則) の 第三法則として知られている。 いずれの力も作用(action)と呼ぶことができるが、その場合、 その対になる力は反作用(reaction)と呼ばれる。

なお、力の働き合う点は作用点(point of action)と呼ばれ、作用-反作用のいずれも 同じ作用点に、反対向きに働く。 スキーやボードの力学で、唯一の例外は重力(gravity)である。 これは、地球とあらゆる物体間に働く力で、通常の力が近接力と呼ばれるのに 対し、遠達力と呼ばれ、直接、接していなくても働く力である。 人間に働く重力は、地球と何ら接触していなくても、 人間の重心(center of gravity)に働く。 一方、その反作用は、もう一つの要素である地球の重心に働く。 引力であるので、人間の重心には地球方向を向いた力が働き、 地球の重心には人間方向を向いた力が働き、 これらは二つの重心を結ぶ線上に来る。 本書で扱うこの他の力は、すべて二つの要素の接点を起点とする力となる。

図 2.1: 平地で板に立っている場合の力 (本当は、 すべての力は同一線上に並ぶが、見易いようにずらして描いてある)
\includegraphics[scale=0.75]{fig/static.stand.eps}

静止したスキーヤーの人間と板の系に働くすべての力を描くと、 図2.1のようになる。 計 5個の力がベクトル (長さと方向を持ったもの) という形で示されている。 人間の重心に働く重力の反作用は、地球の中心にあるため、 この図には描かれていない。 その他の力はすべて描かれている。 まず、人間と板の間には互いに押し合う力が働く。 人間がスキーを押す力は、作用点は脚の先というか、足裏の中心とし、 下向きになる。 図がごちゃごちゃになるので、少しずらして描いてあるが、 本来は足裏に描かれた丸を始点とするベクトルである。 この反作用は、人間に対して働く力であり、やはり足裏の中心を作用点として 共有する上向きのベクトルになる。

板と雪面に間にも、互いに押す力が働く。 まず、板が雪面を押す力であるが、足裏の直下の板の下面を作用点とする。 その反作用は雪面が板を上向きに押す力であり、作用点を共有する。 この雪からの反作用はしばしば雪の抗力(reaction)と呼ばれる。 英語からわかるように、反作用と同じ意味であり、 特に損失のある摩擦力に限定して使用されないので注意してほしい。 これらの力は、ベクトルが見やすくなるように、ずらして描いてあるが、 本当は、すべて一点鎖線上に並んでいる。 また、板と雪面も離して描いているが、これも本当は接触しているので、 作用と反作用の作用点は、人間と板、板と雪面で、それぞれ、すべて 同じとなる。

次に各要素ごとに、かかっている力を検討してみよう。 人間にかかる力は、地球からの重力と板からの押す力である。 ニュートンの法則(Newton law) (運動の三法則) の第二法則によると 物体にかかる力の総和によって、その物体は加速度を持つ。 静止しているということは加速度が働かないということなので、 逆に力のベクトルとしての総和は 0 でなければならない。 つまり、重力と板から押す力は、大きさが等しく方向が 反対でなければならないことが導かれる。

板には人間からの力と雪の抗力が働く。 人間からの力は、板が人間を押す力の反作用であるので、結局、 重力と大きさも方向も等しいベクトルである。 雪の抗力は板のほぼ全面に分布してかかるが、その平均をとると、 上向きの一つのベクトルで代表させることができる。 板が静止していることから、板にかかる力のベクトルとしての総和も 0 のはずである。 したがって、雪の抗力は重力と等しい大きさで反対向きの ベクトルのはずである。

最後に雪面にかかる力であるが、これも分布しているが、 同じように平均をとって代表ベクトルで表わそう。 この力は雪の抗力の反作用なので、 重力と等しい大きさと方向を持つベクトルとなる。 雪面、つまり地球にかかる力の総和は 0 とならないようであるが、 地球の中心に、重力と逆の力がかかっているので、 地球が板に押されて動くようなことはない。

すべての力が最初から等しい大きさを持つのはちょっと納得がいかないかも 知れない。 議論を簡単にするために、人間とスキーをまとめて一つの要素としてしまおう。 仮に、雪の抗力が最初は 0 だったとしよう。 すると人間と板に働く力は重力だけなので、 加速度の法則により人間と板は地面の方へ動き始める。 板が雪に潜り込んでいくと、徐々に雪の抗力が生じてきて上向の力が 働きだし、まず板と人間は上向きに加速されるというか、 下向の速度が減ってくる。 この下向きの移動が停止するのは、板が雪に潜り込んで、 雪の上向きの抗力がちょうど重力と等しい大きさになるときである。 つまり、これらの力は移動の結果変化し、停止したときに結果として、 等しい大きさを持つのである。

人間が板を押すことを荷重(weighting)という。 また、板を押す力の作用点を通り、板を押す力のベクトルの方向をとる線を 荷重軸(weighting axis)という。 いままで述べたことから、重心も必ず荷重軸上にあり、また、 荷重により板が人間から受ける力は、重力と方向も大きさも等しくなる。

似たような言葉で体軸(body axis)というのがあるが、 体軸は、重心を通って上半身の長手方向の軸という意味で使われる場合と、 重心と足裏を通る軸という意味で使われる場合の両方があるようである。 いずれにしても、人間の形状で決まる軸であるが、 本書では上半身の長手方向の軸と定義する。

ここで、人間の重心の位置がどこにあるかを述べておこう。 人間の重心はへその付近と言われている。 ちょっと考えるともっと上に来そうであるが、胸の中はほとんど 空であることと、腰には重い腰骨があり、さらに大腿部の重みを 若干考えるとそんなにおかしくない位置であろう。

より厳密には、重心の位置は姿勢に依存する。 本書の図では、図を簡単に描くため、上半身を真っ直ぐにし、 重心を体躯の真中に描いているが、それは真っ直ぐ立ったときの位置はである。 通常のスキーのように膝と腰をやや曲げた姿勢では、重心はやや前へ出てきて、 正にへその辺に来る。 この辺は、理解していただきたい。 さらに膝と腰を深く曲げると、 重心はへそのやや上でかつ少し前の空間に出てくることとなる。 しかし、スキーやボードでとる程度の姿勢変動では、へその位置の周辺 5cm ぐらいの領域に納まる。

重心の前後の正確な位置は、以後に述べるように、 足裏で感じる方がよいかも知れない。 靴や板の影響も考えるべきであろうが、体重の 1/10 程度であり、 大局的には無視してよい。

ボードで平地に立っている場合も、今迄の議論はまったく変らない。 人間と板が両足で接触しているところだけが、大きく異なる。 この場合、板からの力は、二つの足にほぼ均等に、半分ずつとなり、 そのベクトル的平均をとると、両足のほぼ中間点がスキーの場合の足裏に対応し 合計は、重力の大きさを持つ上向きとなる。 実はスキーの場合も厳密に言うと、左右二本の足があるので、 ボードの場合と同様に、二つの足に半々に力がかかり、 平均は両足裏の中点となる。

なお、参考のためにニュートンの法則(Newton law) (運動の三法則) を記載しておこう。

等速度運動の法則(law of uniform velocity motion)
力が加わらないとき、物体は 等速度運動を行う。この法則は、第二法則の一部として扱うこともでき、 力学の議論の土台を提供しているのであるが、本書では無視してかまわない。

加速度の法則(law of accelaration)
力が加わると、それに比例した加速度を 受ける。 その場合、$ m$ を質量、a を加速度ベクトル、$ {\bf F_i}$ を力のベクトルとして、次式が成立する。

$\displaystyle m{\bf a}={\bf F}=\sum_i{\bf F_i}$ (2.1)

作用-反作用の法則(law of action and reaction)
物体が別の物体に力を与えると、 同じ大きさの逆向の力を受ける。 この二つの力は、互いに作用と反作用と呼ばれる。

ここで質量(mass)とは、力に対しどのくらい加速しないで頑張れるか、の 程度を示す定数である。 質量の単位は kg であるので、ああ、重さ(weight)、あるいは 重力(gravity)かと思う人も多いだろうが、厳密に言うと、 重力の単位はは明かに力であり、異なる概念である。 重力も質量に比例して強くなる結果、質量が大きい物は重さも重く 見えるのである。 しかし、スキーの力学では、重い物は質量が大きいと単純に理解してもらって 何ら問題はない。

なお、第一法則は、第二法則で $ F=0$ とした場合の特殊なケースのように 見えるが、実は議論をする土台となる慣性系が存在することを 言っているのだという解釈もあるが、いずれにせよ通常の力学の議論では、 現わに使われることはない。

なお、以上述べた力の中で、人間が自分で意識する力、つまり人間が主観的に 自分で力を出しているなと思う力は、人間が板を押す力である。 これは板が雪面を押す力であり、同時に、その反作用である板が足を押す力、 つまり雪の抗力になっている。 本書に限らず、スキーやスノーボードの緒書にこうした力の記述が 多く見られるのは、もっとも重要な力であるからであろう。


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Yoichi OKABE 平成19年6月30日