この節は、前傾とか後傾といったスキーに特有な概念について述べる。 両足を前後に開くボードでは余り関係ないかも知れないが、 ここで述べる前傾とか後傾といった概念は、ボードでも重要な概念であり、 ボーダーもぜひ読んで欲しい。
スキーで、少しバランスを崩して重心をやや後へ移動してみよう。 つまり、脚を少し後ろ向きに倒した姿勢をとってみる。 もし、足首や脚部に力を入れて固くしていると、上半身と脚とスキーを 一つの要素として扱ってよい。 この時の各部の力は、図2.2のようになる。 この場合、重力は重心にかかるから、それにしたがって板が雪面を押す力も 重心の真下になる。つまり、荷重軸は足裏からスキーの後方に移動するが、 力の向きは鉛直に保たれる。 こうした荷重は踵荷重(heel weighting)、あるいは後足荷重と呼ばれる。 また、そのときの姿勢は後傾姿勢(backward leaning position)と呼ばれる。
このとき板に働く力を考えてみよう。 まず、雪の抗力は板の底部に一様な分布となる。 この分散した力の合力は、図破線のベクトルが示すように、 板の中央付近を作用点とする力となる。 これら二つの力は板を縦方向に回転しようとするトルク (力のモーメントともいい、押したり引いたりするだけでない相手を回転させる 回旋力) になり、スキーのテールはやや沈み、トップはやや浮き上がる。 雪の抗力は、押される量に比例するから、雪面からの前部の力は弱まり、 後部の力は強まる。 最終的には合力の作用点は後へ移動し、図実線のベクトルのように、 丁度人間の体重による作用点と一致するところへ移動して、安定する。
足首や膝には大きなトルク (回旋力) がかかることになる。 もし、足首がこのトルクに負けて自由になってしまったとしよう。 この場合には図2.3のように、 人間と板を別の要素として考える必要が出てくる。 角度の変化に対し比較的硬い接続点は、力を及ぼし合うだけでなく トルクを伝えることができるが、角度の自由に曲る接続点は、 その接続点を作用点とする力しか互いに及ぼし合うことができない。 一方、板と雪面の間はほとんど摩擦がないため、雪面に垂直となる。 この結果、板と人間の間に働く力も板に垂直になる。 そうでないと極めて軽い板は無限に近い加速度を得るという不自然さが 出てくるからである。
荷重軸が重心からずれるので、人間に半時計回りの回転を与えようとする。 このため、人間は尻餅をついてしまう。 この際、スキーは雪面から摩擦を受けず、かつ十分軽いので、 重心は真っ直ぐ下へ落ちる。 その結果、足やスキーは前方へ押されることになる。 この解析から分かるように、足とスキーが回転自由に接続されていると、 足は重心の真下にない限り何の支えにもならないのである。
初心者のうちは、無意識に、スキーは動かないものという前提で、
姿勢の回復を図ろうとする。
もしスキーが動かないとすると、重心は足とスキーの接続点を中心に
円状に動くような加速を受ける。
上半身は重力
の円の接線方向の成分に比例した分だけの加速を受ける。
この値は極めて少ない値である。
この加速は
に比例するので、少なくとも倒れ
始めにはほとんど加速を受けないことは確かである。
一方、真下に自由落下する場合には
の加速を受けるので、
この二つには、方向も含め、大きさに大きな差がある。
これが理由で、
初心者がスキーで雪面にきちんと立っているのは難しいのである。
ここまでの議論は、簡単のために、足首で踏ん張ったり、足首を自由にすると 説明したが、普通のアルペンスキーの場合、足首は高いスキー靴で 囲まれており、僅かにしか曲げられない。 したがって、ある程度、倒れがきつくなると、以上の議論で対象となる関節は 足首ではなく膝になる。 しかし、以上に述べた議論は本質的にはほとんど変わらない。
馴れてくれば、膝や腰の筋肉をうまく使うことにより、この逃げ出していく スキーにうまく載ることが可能である。 一番簡単な方法は、バランスを崩したとき、まず膝や腰を硬くするだけという、 信じられないほど簡単な技術である。 スタートする電車の中でバランスを崩した場合、いくら足首や膝を固くしても、 いとも簡単に倒れてしまう。 何故、スキーだとこうした方法が可能なのかというと、スキーという長い履物を 履いていることに起因する。 固くすることによって、荷重軸は重心を通るようになるのである。 そして、徐々に体を前へ移動していけば、再び、スキーの真上に 乗ることができる。
逆にスキーが後ろに逃げ出して重心がやや前方に来たときには、膝を前に 倒れないように緊張させれば、重心や作用点が前に行くだけで、転倒はしない。 こうした荷重は爪先荷重(toe weighting)、あるいは前足荷重と呼ばれる。 また、こうした姿勢を前傾姿勢(forward leaning position)という。
いったん、体を固めてスキーの逃げ出しを抑えたら、 速やかに足の位置を重心の真下、つまり荷重軸に載るように戻すのがよい。 この後傾でも前傾でもない姿勢は中間姿勢(neutral position)と言われ、もっとも疲労が 少ない姿勢である。 長いことスキーをすると、太股上部の筋肉痛が発生するのは、滑走中、 後傾姿勢が続いている証拠である。
中間姿勢を保つこと、つまり荷重軸が重心と足裏を通過するようにするのは、 静止していようと、滑走中であろうと、どんな複雑な状況でも 重要なことである。 特に足裏の中心付近に荷重軸が通るようにすると、前後に余裕ができ、 多少の重心の移動に対しても抵抗力が強くなる。 足裏に体重を載せることは、実はあらゆるスポーツの基本であり、 疲労が少なく、かつ俊敏な動作を行なうことができるのである。 この条件が成立しているかどうかは足裏に意識を持ってくることで簡単に 確かめることができる。 特に、親指付け根の拇指球(thumb ball)または拇指丘(thumb ball)と呼ばれる 膨らんだ箇所を意識するとよい。
滑走中であれ、ターン中であれ、拇指球で雪面を押している意識が持てれば スキーにうまく乗れているのである。 無論、ターン中には、ある程度、後傾や前傾になることはあるだろうが、自分で 拇指球を意識して、こまめに荷重の掛け方を変化しながら、なるべく正しく 載るように努力するのがよい。
スキー靴はやや前傾して作られているため、荷重軸が拇指球のあたりを 通るように立つと、膝がどうしても曲ってしまう。 これは、滑走中の姿勢を前提にしており、雪面の凸凹から来る振動を 吸収するのに最適な姿勢となっているのである。 普通の靴でやや急な坂を下る際と同様な姿勢である。
なお、ボードでは両足の間が拡がっているため、 こうした前後の重心移動に伴なう不安定性は発生しない。 しかし、滑走中に重心が後に移動すると、ターンが難しくなるなどの 問題が発生するため、平地でも両足均等荷重に努めて欲しい。
ちょっと、トルクについて言及しておこう。 互いに相対位置の変らない質点の集合を剛体(rigid body)という。 ようするに、変形しない物体である。 この各点に力を与えると、剛体は全体として加速しながら、 かつ回転を加速していく。
この際、回転の加速度を誘導するのは力ではなく、力のモーメント(moment of force)、 あるいはトルク(torque)と呼ばれる回旋を誘起する力である。
| (2.2) |
ここで
は重心から力の作用点を見たベクトル、
はベクトル積を示す。
式は一見わかりずらいかも知れないが、要するに、重心から作用点までの距離に
力のベクトルの回転方向の成分を掛けたものの合計がトルクとなる。
これは、挺子の原理を言っている。
同じ大きさの力でも、遠くでかけると大きな効果を表わすことを示している。
剛体に複数のトルクが働くと、回転加速度が生じる。
![]() |
(2.3) |
この関係は、ニュートンの第二法則に似ている。
ただし、位置の加速度ではなく角度の角加速度(angular accelaration)になっていることと、
質量
の替りに
なる量が入っている。
は慣性モーメントと呼ばれる量であり、次式で定義される。
| (2.4) |
これは、回旋に対する質量のようなものであり、トルクに 対しどれほど回旋加速度を受けないで頑張れるかを示す定数である。 剛体がいくつかの質点で構成されているとき、重心から各質点までの 距離の二乗に比例した重みで質量を加算したもので定義される。 周辺に重さがあるほど、大きな値をとる。
これらの式は、すべてニュートンの第二法則から導かれる。 ニュートンの法則の素晴しさを感じるところであるが、先に進もう。 先に図2.3で「板が人間を下から上に押し上げる力の 作用点は、荷重軸とずれているので、人間に半時計回りの回転を 与えようとする」と述べたが、これは、板から人間にかかる力が、 この作用点と重心を結ぶ線に垂直な成分を持っていることから人間という剛体を 回転させるトルクを持っていることを示す。 その結果、人間は回転を始めるのである。
人間の慣性モーメントについて述べよう。
定義から明かなように、慣性モーメントは想定する回転の軸によって、
値が異なる。
人間の上半身を長手方向を回旋軸、つまり体軸に対して回そうとすると、
半径 25 cm 弱で質量 60 kg ぐらいの円筒と考えられることから、
慣性モーメントはおよそ 60 kg
(0.25 m)
= 4 kgm
ぐらいと推定できる。
一方、上半身を前後あるいは左右に振るような回旋ではこの円筒の長さの
半分である 70 cm 弱が効いてくるので、慣性モーメントは約 25 kgm
ぐらいとなり、軸の周りの慣性モーメントの数倍以上もある。
しかし、こうした方向の回旋運動はスキーのトップを少し押したり、
テールを少し押したり、エッジを少し押すことで簡単に制御できるので、
スキーの力学で問題になることは少ない。
とは言え、体軸の周りの慣性モーメントも決して無視できない。 特に、ターンの場合に効いてくる。 これをうっかり回してしまうと、回旋が止らなくなり、 反対側のターンで悪さをしたりする。 このため、特に周期の短かいターンでは、上半身はあまり 回旋しないようにするのが普通である。
次にスキーの慣性モーメントであるが、スキーの長軸を軸とした
回転モーメントは、まったく無視できる。
一方、先端を左右に振るとか、上下に振るような体軸を回旋軸とするトルクは
必ずしも無視できない。
スキーは軽いので、質点としては無視できるが、この軸の慣性モーメントは
5kg ぐらいが、50cm ぐらいのところにあるので、1 km
ぐらいなので
人間の長軸に関する慣性モーメントに対して、必ずしも無視できない。
例えば、空中でスキーを振ると、反動でスキーの振り角と同じぐらい上半身が
振れてしまうのは、良く経験することである。
なお、慣性モーメントの値は、軸からの長さがちょっと変るだけで、大きく
変化する。
人間の場合、体格に大きく依存する。
またスキーの場合も、モデルに大きく依存する。
なお、ボードは慣性モーメントもはるかに少なく、ボードの振りの反動は少い。
なお、参考のために言うと、トルクと角加速度の関係は、厳密にはトルクと
角運動量の時間微分の関係である。
スケーターの行なうスピンターンのように、手を拡げたり縮めたりするような
場合には、回転を変えるトルクは働かないので、角運動量はほぼ一定となる。
つまり
が一定となる。
手を拡げていると回転モーメントは大きく、縮めると小さくなるので、角速度は
逆比例で低い値から高い値へと変化することとなる。
最後に一言。 日本語では回転というと、進行方向をどんどん変えていくターンを 意味することもあるし、フィギャースケートのスピンのように重心を通る軸の 周りの回転を意味することもあり、混乱しやすいので、本書では前者はターン、 後者は回旋(spin)という別の用語を用いて区別することにする。