私のような中年のスキーヤーが、昔習ったスキーの教程には、ターン終了時に テールの振り出し(tail swing)という動作を入れることを習った。 私などは今でもこの動作をする習慣が抜けなくて困っているが、つまりは、 横滑りの一種である。 こうした横滑りは摩擦の一種であるから、ターンにより摩擦のチャンスを作り、 それにより下向きの速度を殺すと考えている人が多い。 しかし、段々腕が上がってくると、横ずれの多いドリフトターン(drift turn) または、ずれターンから、横ずれの少ない切れのよい カービングターン(carving turn)という滑りをするようになる。 こんなときに、速度を殺してくれるメカニズムは何なんだろうかという疑問が 湧いてくる。 ここでは、摩擦がなくても速度を殺すことができる一例を示そう。
人間が建物の階段を降りていくときには、速度は容易に制御できる。 速度が制御できるとは、最初と同じような一定のリズムで最後まで 降りていけることをいう。 しかし、弾性の高い例えばボールのようなものが、階段を降りていくと、 図5.1のように、どんどん大きく跳ね上がるようになり、速度は 制御できているとは思われない。 また、着地点がどんどん前へ移動していき、ついには階段のステップ幅より 大きくなってしまう問題も起る。
階段を、人間が両脚をそろえて、ジャンプしながら降りていくことを考えよう。 人間には一定に重力がかかっている。 したがってジャンプして、自由空間に飛び出ると下向きにどんどん 加速されていく。 しかし、次のジャンプの瞬間に、階段のステップから一瞬、強い力が働く。 こうした一瞬の強い力のことを撃力(impact force)という。 階段のステップからの撃力は、人間の下降速度を抑えることになり、しかも 人間はこの撃力の量を加減することができる。 したがって、場合によっては完全に下降速度を殺すことも可能である。
撃力がステップから物体に対して与えられるのは、人間だろうとボールだろうと 変わらない。 しかし、ボールの場合は大変大きな撃力が与えられ、その結果、下降速度を 抑えるどころか、逆にほぼ同じ大きさの上昇速度を与えるほどの撃力を受け 取ってしまう。 ボールと人間では、反発係数が違うということもできる。 反発係数とは、物体の衝突の際、衝突直後に離れていく速度を、衝突直前に 近寄っていく速度で割ったものである。 一般の物体では、反発係数は物体が決まると定まる定数であり、しかも 1 より少ない。 ボールのようによく弾む物体の反発係数はおよそ 1 であるのに対し、人間の 反発係数はかなり小さくできる。 というより、人間はこの反発係数を自由に変更できるのである。 何と、1 以上にもできるし、0 にもできるのである。
無機的な物体では、反発係数という考え方が便利であったが、人間の場合は、 むしろ階段を蹴る力という考えの方が理解しやすいかもしれない。 蹴る力が強ければ、階段に大きな撃力を与え、その結果、反作用として 階段からは大きな撃力を受け、下降を上昇に変え、飛び上がることになる。 蹴る力が適当であると、階段から適当な撃力を受け、下降を 一瞬止めることができる。 蹴る力が弱いと、下降速度はやや抑えられるが、上体は続けて下へ落ちていく。 という風に理解するのである。
階段の替わりに、階段バーンをスキーやボードで降りることを考えても、事情は
変わらない。
接地時に水平に置かれる板には、板に垂直方向、つまり鉛直な撃力しか
与えられない。この反作用である板からの鉛直真上方向の撃力が、重心を下から
突き上げ、下降していく重心の下向きの速度成分を落とすことにより、速度は
制御されることになる。
板の方向を進行方向
軸に平行にしておくと、板には
方向の力を
与えることができない。
したがって、水平方向の速度は常に一定に保たれる。
もし、ステップの間隔が不揃いの場合は、ジャンプ量を調整して
対応することになる。
たとえば、ステップ間隔が開いていたら、そこでは大きくジャンプして、
滞空時間を延ばす。
ここで、階段の各ステップがつるつるでも、安定に下降速度が 制御できていることに着目して欲しい。 これが、実は「板を摩擦のない世界でも制御できる」という 大原理になっていることは、今後の議論で追々理解されるであろう。
一定の間隔でこぶの存在するこぶ斜面でも、図5.2のように
階段バーンと同じように下降することができる。
この場合も、接地時に板はこぶの頭のような水平のところへ置かれて、撃力は
鉛直方向を向く必要がある。
それ以外の方向の成分があると、重心はそちらに加速される。
例えば、板から
軸方向 (進行方向) の撃力が与えられると、重心は
ジャンプのたびに前方に加速され、どんどん前向きの速度を
持っていってしまい、一定のリズムは保てなくなる。
また、
軸方向 (横向) の撃力が与えられると、重心は徐々に横向きの
速度を持つようになる。
したがって、このコブバーンで安定に降下するためには、水平な
こぶの頭のてっぺんで雪面を強く踏んでジャンプして、次の真下のこぶの
水平なてっぺんへ跳んで行くという動作を繰り返して、速度を
制御することになる。
板を進行方向
軸方向を向けて置くのがジャンプしやすいが、この場合、
こぶの位置ずれに対応するには、ジャンプ量によって調整する。
また、これによりこぶのやや手前に着地して水平速度を殺したり、やや先に
着地して水平速度を上げるといったことでも可能であるが、本節ではあくまでも
水平の位置に着地する場合だけを取り扱う。
また、板を進行方向垂直や中間の角度に置いても下降可能であるが、
それについては後述する。